イスキエルダのおもいで
イスキャスダ
いすきえるだ
大好きだったお店のマスターが亡くなった。
WBCで日本が優勝して世界一になったあの日だった。
そのお店は明朗会計、スペインのワインを基本的に取り揃えていて、赤、白、泡、どれでも一杯800円。
ボトルもきちんと用意されていて、たくさん飲むならボトルがお得。
今日はちょっといいやつ飲みたい!というと9,000円や13,000円という手頃な価格帯で飛び切り美味しいワインをだしてくれた。
何杯飲んだかは、会計時に自己申請。
お通しというか、チャームは無限。
無限というのはどういうことかというと、お皿からなくなると次から次へと出てくるのだ。
しかも同じものが連続ではなく、あるもの、頂いたものをすこしおしゃれに加工、今で言う映えるようにして出してくれる。
木や陶器のプレートに、なんの木だかわからないみたこともないピックが刺さっていて、こんばんは、お邪魔にならなければ、と添えてくれる。
私はたくさんお土産を持ち込んだ。
関東に行ったとき、マスターさんが喜んでくれそうなものがあれば値段を見ないで買った。
関西に行ったときは、マスターさんが知らないようなものをあえて探して、持ち込んだ。
どれも美味しいと褒めてくれたし、いつも一緒に飲んでくれるお酒飲みの人妻にも好評だった。
ふとしたときに行きたくなる、大好きなお店だった。
カウンターのみで3席と2席。
体調を崩されてからも、たくさん会いに行った。
そのお店は音楽もかけてくれる。
CDを渡して流すこともできる。
狭くて小さいが、清潔感のある大好きなお店だった。
彼とは一度だけ外で「サシ飲み」というのをしたことがある。
まだ本店にレストランがあった頃、肉の米内に行って私の大好きな定食を一緒に食べた。
マスターさんはご飯にナムルを乗っけて、お肉と卵を一緒に食べて、美味しいと言っていた。
丼の中でビピンバが完成するのだ。
私も真似して一緒に食べて、美味しい!とともに笑った。デザートのフルーツは私がマスターさんの分まで食べた。
もう誰もWBC日本優勝の話はしていない。
G7だとか、地震だとか、迷惑ティックトッカーの話題ばかりだ。
私はまだマスターさんがにっこり笑っているお店の前をたまに通る。
開店前にお外を掃除しているマスターさんに挨拶して、用事が終わったら一杯だけ飲んで帰る。
バイクで来たときは必ずチラッとみてしまう。
一人でパソコンをいじってるときや3人くらい入っている日もあった。
ガラス張りなので丸見えなのだ。
一人だけお客さんがいるとき、ああ、いいなぁと心から思えた。私が一人で飲んでいたときは、外から見ればそう見えていたはずなのに。
あの1on1だけの空気を知っているからこそ、焦がれた。
今はお店を見ることはしなくなった。
明かりがついていないから。
星が輝く夜はいっそうつらくなる。
イスキエルダへ
最大の愛をこめて。