見出し画像

【365カレーエベレスト街道トレッキング2024:本編7】

(2024年春のネパール旅行の20日間を日記形式で綴っております。)



【ネパール旅行7日目】2024年3月31日(日)

雨。そして上がる。

夜中にトイレに起きた。
雨が降っているようだ。かなり激しめで、ガーガーと音が聞こえる。こわい。とはいえ、屋根と壁がある部屋で、しかもベッドで寝ていられるので、ありがたいことに大きな問題は無い。
夜間の外気は-2℃くらいだと聞いていたけれど、さほど寒さは感じない。持参した(というか、ポーターM君に運んでもらった)寝袋は出さず、服も着込まず(上は長袖Tシャツにフリースベスト、下はトレッキングパンツ)で、宿の布団に入れば眠るのに十分な暖かさを確保できた。

まだ夜中。二度目にトイレに起きた時もまだ雨が降っていた。
よく考えたら、雨が降っているということは、外気は0℃以上なのかもしれない。
なにはともあれ、それなりによく眠れた。

エベレスト街道で迎える初めての朝。雨は上がっている。気持ちも上がっている。
高揚感を押さえつつ、6:00頃にだらだらと起床。
だらだらするのは体調が悪いからではなく、今この時の感覚をじっくり感じたいからだ。
とはいえ、起きた瞬間は、少しだけ頭痛。それも、しばらく深呼吸していたら消えた。筋肉痛といった身体の痛みは全然無い。

泊まったHOTEL8848は清潔で、Wi-Fiも電灯も電源もあり、快適そのもの。有料で温水シャワーも浴びられるようだが、前後の着替え等でかえって体を冷やしかねないという話を聞いたことがあるため、やめておいた。
強いて問題点を挙げるとしたら、壁の薄さだろうか。会話はもちろん、息づかいまで聞こえているようだった。でもまあ、きっとお互い様だからと気にせず会話していたし、つまるところ問題ではない。むしろ、その大らかさが心地良い。なんだかんだ言っても、総合的に快適と言える。

雨上がりの朝。HOTEL8848の窓から。

快適な部屋の窓を開けたら、ものすごい景色が広がっていた。
雨上がりで空気が澄んで、なおさらきれいなのかもしれない。ご褒美みたいな風景。


朝食。そして作戦会議。

朝食を食べに食堂へ向かう。
僕らのポーターM君が既に待っていてくれた。背が高くて細身で寡黙で眼光鋭い若い男性。昨日の夕方、宿まで荷物を届けてくれた後は、別の場所に行ったみたいで、僕らとは別の宿に泊まっているのだろうか。
きっと、経済格差とかそういうものもあるのだろう。もっと言えば、大変な荷運びを僕らが払える範囲のお金で引き受けてくれるのは、国際的な経済格差があるからなのかもしれない。だとしたら、良いこととは言い切れない。でも、悪いこととも言い切れない。
目を見て、心の底から、荷運びの感謝と朝の挨拶を伝えようと試みる。昨日よりも少しだけ、笑い返してくれた気がするのは、自分の願望を反映させすぎかもしれない。

ナムチェバザールのHOTEL8848での朝食

さておき、朝食。
トースト、ポテトとトマトの炒め物、オムレツ、という定番の組み合わせ。
この組み合わせが世界から訪れるトレッカーのエネルギー源になっているに違いない。
昨日の僕が「インターナショナルパワー飯」と名づけたやつ。
恐れや不安もあるけれど、自分にとって未知の領域での、初めての体験が毎秒毎秒積まれていく感覚。なんだか気分がいい。こういうことに快感を覚えるからくりが遺伝子に刻まれていて、だからこそ人類は地球上の過酷な環境と言える場所にもたどりついて、住みついているのかもしれない。
そんな壮大な話じゃないとしても、僕は気分がいい。そして朝食がおいしい。高山病の症状のひとつに食欲低下があるらしいけれど、その点だけは心配ゼロ。

ちなみに、食堂では昨日と同じエベレスト登山中にたくさん人が死ぬ映画が流れていた。おい。

朝食を終えて、ガイドSさんに体調の報告をする。問題無く、今日も進めそうということで、行動計画を立てようと地図を広げた。すると、同じテーブルで食べていた、白人男性がスペースを広げてくれた。
「サンキュー」
こういうやり取りも全部新鮮。

日程に余裕があれば、高所順応のため、ここナムチェバザールに1日滞在して散歩程度にとどめるのが一般的らしい。
ナムチェバザールは憧れの場所でもあるし、うろうろしてみたくもある。
だけど、チーム(コトリちゃん、ガイドSさん、ポーターM君、僕)全員元気だし、ラメチャップで飛行機が飛ばなかった三日間の遅れをなるべく取り戻したいのもあるし、今日も進もうということで合意。
エベレストベースキャンプまでたどり着ければ一番いいと思う。だけど、今日ここにいられている時点で満足でもある。だから、コトリちゃんが無理しないで歩けるスピードで進むというのを大前提にして、そのスピードやルートの高低差を考慮して、エベレストベースキャンプまで行くのが無理そうだと判断したら、遠慮無く言って欲しいとSさんに伝える。信用の皮をかぶったプレッシャーをかけたいわけではない。安全第一。
Sさんからは頼もしい返事。加えて、体調が変、疲れた、写真撮りたい、等々、何でも言って欲しいと言ってくれる。
本当に良いチームだ。

出発して間もなくARMYの集団がいた。高所訓練だろうか。


出発。そして歩く。

8:30頃に出発。
歩き始めてすぐ、ラメチャップ空港で見かけて僕らよりも早く出発した集団に、ここで再会した。アンディウォーホル似で素敵な白髪の紳士がいたのでよく覚えている。
他にも、ラメチャップ空港で小型機ではなくヘリコプターに切り替えて(たしか追加で500USDとか言ってた気がする)、僕らよりも1〜2日早く来ていたはずのグループもいる。
競う気持ちは全く無いけれど、資金不足を体力と工夫で埋め合わせられた気がして、ちょっと気持ちいい。

気温はさほど高くないが、太陽がぎらぎらしている。歩き始めたら、長袖Tシャツだけでも暑いくらい。気候的にも気持ちいい。

太陽だ

どこに視線を向けても未知の風景。そして、その風景が「美しい」という言葉の範囲を超えて、感動して言葉を失う。
この瞬間を全肯定できるような楽しさ。歩く一歩一歩の全部が楽しい。標高が上がるに連れて、酸素が薄くなって息苦しいのも楽しい。なんなら、トイレが床板の隙間だけというのも楽しい。

ここでは床板の隙間のことをトイレと呼ぶ

途中のお店でお茶休憩なんかは、もちろん楽しい。
脱水を避けるべく水分をたくさん取るのが、高山病の予防としてもいいらしい。昨日まではコーヒー・紅茶・コーラと、カフェインを摂取し過ぎだった気がするので、今日からはカフェイン控えめにしようとレモンハニージンジャーにする。これは新しい好物になりそうだ。
飲みながらの景色も驚くほどすごい。

レモンハニージンジャーとアマダブラム

国立公園だからだろうか。パトロール中(?)の機関銃を持った軍隊か警察の人ともすれ違う。荷運びの牛ともすれ違う。
それぞれ、こんな至近距離ですれ違うことは無かったので、いちいち新鮮な感覚だ。楽しい。

巡回ご苦労様です
ゾッキョ(ヤクとウシの交雑種)かな

楽しさに囲まれて歩いていると、あっという間に3時間以上が過ぎていた。
下り坂が続いて、プンギテンガ(Phungi Tenga/標高3,250mくらい)というエリアに着いた。
ここから先は上り坂になるということで、11:30過ぎに昼食休憩。


昼食。そして登る。

プンキテンガで昼食をいただいたお店は、GORA TAPTING FAST FOOD RESTRANT。まさか、こんなところにファストフードと自称するお店があるとは……しつこいくらいに、いちいち楽しい。

山奥のファストフード店 GORA TAPTING FAST FOOD RESTRANT

白人トレッカーが食べている、なんともデカ盛りなスパゲッティがおいしそうに見えたけど、僕はやっぱりダルバート。

ベジ(肉のカレー無し)のダルバート

ここまで鶏肉を運ぶのは困難だからだと思うが、ベジのダルバートのみだった。全然OK。そんなことより、ここでもおかわり自由なのがすごい。

おかわりして混ぜて食べる

そういえば、昨日X(旧Twitter)で、「旅程での出来事(ルクラ行きの飛行機が飛ばないとか)が井上靖さんの小説で読んだのと同じでテンション上がってます」的な連絡をいただいた。その小説ではタンボチェ(Tyangboche/標高3,860 mくらい)が目的地らしい。今日これからそのタンボチェを通過すると返信すると、「家族みんなで応援してます」とメッセージをいただいた。
SNSを完全に良いものとは思えていない自分がいる(がっつり使っておきながら失礼だとも自認しつつ……)が、この時ばかりは良いもんだなと思う。自己都合で評価を変えてすみません。だって嬉しかったんだもん。

さておき、ご飯を食べ終えて、12:00過ぎに再出発。
上り坂をゆっくり登る。

どの一歩も、僕にとっては人生の最初を更新する一歩だ。
ただ歩いているだけだし、もちろん自分一人の力ではない。
ありがたくてドキドキする。
このドキドキには、感謝だけではなく、楽しさや喜びの類も、恐れや心配の気持ちも、標高が上がってきて酸素が薄いことによる身体反応も、ここに言葉として並べられない色々も、全部含まれている気がする。

休みながら 登りながら


更新。そして今日のお宿。

タンボチェ(Tyangboche)という寺院がある場所に着いた。
標高3,800m超!
人生初! 富士山頂(標高3,776m)より高い所に足を踏み入れた!
だからどうした? と、もし問われても、いや別に……としか答えようがないのかもしれず、胸いっぱいになっている理由は自分でもわからない。

タンボチェからはエベレストの頭やローツェやアマダブラムが望める

こんなところに集落があって、寺院まであるのはすごいことだと思う。

ここはひとつ、寺院をお参りしようということになった。
門を通ったら既視感。
石川直樹さんの写真で見たことがある場所だ。
場所としても初めて身を置いていると言えるが、概念的にも初めて身を置いている感覚。これまでは鑑賞する対象だったものごとと自分の人生がつながった瞬間だ。
これまでも似たようなことは、確かにあったと思う。だけど、これまでとは何かが違う気もする。楽しいながらも、僕にとっては決して簡単ではないここまでの行程がもたらす特別感だろうか。

タンボチェ寺院で誰かの物語と自分の人生がつながっていることを体感した

今日は、もう少し歩いてパンボチェ(Pangboche/標高3,985 m)まで行くことにする。

チベットのお経が書いてある石 パンボチェの方向が書いてある石

昨日も、今朝も、どこまでも歩けそうだという感覚だったし、今なお一歩一歩が楽しいけれど、やや疲労感が顔を出した。
だからだろうか、どんな宿なのかが楽しみになってきた。

エベレスト街道を歩いているとアマダブラムはだいたいどこからでも見える

16:30過ぎに到着した今夜の宿は BUDDHA LODGE & RESTAURANT。
それを望んでいるわけではないけど、ラメチャップ飛行場周辺の宿よりも、エベレスト街道沿いの宿の方が清潔なことに驚かされる。
ここにはきっと時期や飛行機の状況次第では、もっともっとたくさんの人がいるんだと思う。

BUDDHA LODGE & RESTAURANT

今日も部屋まで荷物を運んでくれたポーターM君にお礼を伝えると、どこか別の場所に行ってしまったようだ。どこに行くのだろう。
とにかく、ガイドがSさんでよかったし、ポーターがM君でよかった。


飲食大事。そしておやすみ。

今日もよく歩いた。

まずはロッジの食堂で、まったりコーヒー休憩。
休憩はいつだっていい。
休憩が本番で、それ以外がおまけのような気にすらなる。

至福のコーヒーブレイク

夕飯には少し早いので、部屋でひと休みしつつ、着替え等々。
靴下を脱いでびっくり。
足が、とても、くさい。
当たり前と言えば当たり前かもしれないけれど、本当にくさい。
足の臭さまで、人生の最高を更新してしまった。

小綺麗なBUDDHA LODGE & RESTAURANTの部屋

部屋の壁はやっぱり薄い。これはもう、壁というより板だ。
とはいえ、不満は無いし、仕切られていればそれで十分。

屋外に太陽光を集めてお湯を沸かす装置があった。
これも本とかで見たことあるやつだったから、実際に自分の目で見られて、けっこうテンションが上がった。

アナログ湯沸かし装置

吐き気や頭痛や食欲低下といった、高山病の典型的な症状は無いものの、テンションが上がって騒いだりすると、さすがに息が上がりやすい。
この二日間は7〜8時間歩いているけれど、筋肉痛のような痛みは無く、先ほど顔を出した疲労感だけで済んでいる。
つまり、まあまあ元気だ。
身体的な一番の問題は、足の臭さだと笑えるくらいに元気だ。

そろそろ夕食の時間かと、食堂に行くと、ストーブに火が入っていて暖かい。暖かさが気持ちいいくらいに気温が下がっていた。

ストーブの燃料は油ではない。とてもじゃないが、ここまで運べないと思う。
ちなみに、薪でもない。薪に使える量の木は、この標高にはもう生えていない。
燃料はといえば、ヤクの糞だ。
(でも、いわゆる、う●ちのニオイは、ほとんどしません。)

薪ストーブならぬ糞ストーブ

さてさて、何を食べようかとメニューを見せてもらうと、山の中の村だからか、やっぱりお肉の料理はほぼ無い。
何度も言っているかもしれないし、何度でも言うつもりだが、ベジでも問題無い。

Dhal Bhatをお願いして待っていると、温かおしぼりが出てきた。
なんなら熱すぎるくらいだけど、とにかく気持ちよくて涙が出た。
このために生きてきたのかもしれない。うそ。もちろん違う。だけど、そうも言いたくなるくらい気持ちいい。

熱々のおしぼり

おしぼりのために生きてきたのかもしれない、という大いなる錯覚は、Dhal Bhatを食べたら、これを食べるために生きてきたのかもしれない、という別の錯覚に上書きされた。

Dhal Bhatはベジのみ

コトリちゃんは食欲があまりないみたいで、少し心配だが、まあ、それなりに食べているから大丈夫だろう。
僕の食欲はまったく衰えない。むしろ、食べ過ぎると消化にエネルギー使うから程々に、と経験者に言われているので、おかわりし過ぎない努力をしているくらいだ。

コトリちゃんが食べていたFried Rice

食後、しばらく食堂でくつろぐ。
部屋はけっこう寒いから、ストーブの燃料が切れたり眠くなったりするまでは、食堂で過ごすのが一般的なのだろう。
他の宿泊客もいて、なんだかちょうどいい騒がしさ。
その中の一人に、「ペンを貸して」と頼まれた。薬を飲んだ時間を記録しておきたいのだとか。やり取りもちょうどいい。

お湯はネパール語で「タトパニ」

高山病予防と体が冷えないようにお湯をたくさん飲みつつ、薪ストーブじゃなくて糞ストーブを囲みながら、パルスオキシメーターで血中酸素濃度を計った。まあ、問題無さそうな範囲だ。
明日も行けそうだけど、明日行けるかどうかは、明日また相談しよう。

部屋に干した臭い靴下etc

21:00過ぎに就寝。
おやすみなさい。



実は、2025年秋頃を目安に再びエベレスト街道トレッキングに行こうと計画して、いま資金を貯めています。図々しいですが、下記の[いいなと思ったら応援しよう!]のところ等から[チップで応援する]をしていただけると助かりますし、とても嬉しいですし、非常にありがたいです。そこまでは無理でも、とにかく、ここまで読んでいただいて恐縮です。本当にどうもありがとうございます!


いいなと思ったら応援しよう!

365curry 南場 四呂右(なんば しろう)
チップをいただけたら、貯金にまわします。嘘です。ちゃんとカレー活動メインで使い切ります。たとえば僕の好きなカレー屋さんが儲かったりします。