【365カレーエベレスト街道トレッキング2024:本編6】
(今回のネパール旅行の20日間を日記形式で綴っております。)
【ネパール旅行6日目】2024年3月30日(土)
喧嘩。そして今日こそ。
朝4:00頃、宿の別の部屋から喧嘩してるような声が聞こえて目が覚める。ちゃんと聞こえないし、英語っぽいし、本当に喧嘩なのか、語気が強めなだけなのかは定かではない。とはいえ、何日もラメチャップ飛行場から飛行機が飛ばないことにイライラしているグループがいてもおかしくない。ちなみに、僕はイライラはしていない。落ち着いてもいないけど、モヤモヤしながらも淡々と過ごしている感じ。
起こされたものの、ちょうどいい時間なので、日課の歯磨き、うがい、乳酸菌整腸剤、を済ませる。快腸で快調か。
ここ数日のルーティンのように、まだ暗い5:00頃にラメチャップ空港へ。
今朝は乗るべき飛行機が駐機してある上に、順番も一番だと聞いているので、飛べるかどうかは、行き先であるルクラのテンジンヒラリー空港までの天候次第というところだろうか。
昨日までと同じ流れで、待合室へ。と思いきや、待合室に入る前のセキュリティチェックエリアに、何やら大きな機械のようなものが運び込まれていた。さらに、昨日までは荷物を乗せていたカウンターが撤去されている。
大きな機械をよく見ると、荷物を流すようなベルトが中央に設置されているので、どうやら荷物チェックマシーンのようだ。
ラメチャップ飛行場のセキュリティチェックの過渡期に立ち会えたのかもしれない。でも、別に嬉しくはない。ここの運用の模索している感じが、ちょっとおもしろくはある。
荷物チェックマシーンはまだ稼働しておらず、荷物検査は今日も目視と手探り方式。4日目だから今日も荷物検査は顔パスか、と思っていたが、なんなら昨日までよりも厳しくチェックされた。
どないなってんねん? と僕の中の関西風ツッコミ担当が出てきかけて、リアルな自分が引っ込めた。
なんと、偉い人からチェックが甘いと指摘が入ったらしく、それで今日は厳しくしているのだとか。上の顔色をうかがうのは、どこの国でも変わらないのかもしれない。
っていうか、ちゃんと荷物検査するのが航空業界の基準だろうから、甘かったチェックが一般的な厳しさになっただけか。
とにかく、待合室へ入れたことで、ひと安心。
ヘルプ。そしてゴー。
そういえば、昨日から僕とコトリちゃん以外の日本人がいる。
久しぶりの日本人だったのもあって、話してみたら、ガイドさん等もつけずほぼ自力で一人でここまで来たらしい。ここまではいいものの、勝手がわからず、少し困っているようだ。
そこに居合わせた我らがガイドSさんは、自分の担当の客どころか、自分の会社のサービス利用者ではないのに、親切に色々とお世話をしていた。いい奴。信用できる。
だけど、心の狭いもう一人の僕が、この手間賃も僕の財布から払われているような気がして、少しだけモヤモヤする。とはいえ、モヤモヤするのは嫌いではない。コスト換算で考えてしまった自分は嫌い。
どうやら朝一の段階では、行き先テンジンヒラリー空港は閉鎖していないらしい。
飛行経路の途中にある雲がかかりやすいとされる空域さえ突破できれば行けそうだ。
長かったのか、短かったのか、まだわからないながらも、この飛行場に来て四日目にして、僕らを運んでくれる予定の15人乗りくらいの小型機にいよいよ乗り込めた。
6:00前、僕らを乗せた飛行機は滑走を始めて離陸した。
地面から離れたものの、まだまだ安心はできない。
待ち続けたこの三日間で、離陸したものの天候不良で着陸できずに引き返して戻ってきてしまった機体を何度も目にした。
色々な意味で心が揺れている。言葉にならない心境。少なくとも一言では表せない。
揺れる心をよそに、リアルな視界にある雲の切れ間からヒマラヤの山々が見える。
しばらくすると、眼下の雲の隙間からガイドブック等で見たことがあるテンジンヒラリー空港が見えた。
旋回して着陸態勢だ!
ぞくぞくする!
あれ? 上がった? 再浮上? ん? どこ行くの?
まさか……
着陸をあきらめちゃった?
そのまま数分経っただろうか。逆側の座席に座っていたSさんに目配せでうかがいを立てる。どうやら、引き返してしまっているらしい。別のグループのガイドさんも、そうだろうと言っている様子。
なにー!? 今日もダメか……機内の全員が落胆……
その時、また機体が揺れた。
改めて旋回しているもよう。方向転換!
なんと、雲を避けて、高度を変えて、着陸をやり直そうとしてくれているみたいだ!
いけ!
やった!
6:30頃、ルクラのテンジンヒラリー空港に着陸!
機内では、みんながハイタッチ!
と言いたいところだが、Sさんが色々とお世話してあげたからこそ乗ることができた日本人だけは、何も言わずにさっさと降りていなくなってしまった。
Sさんにお礼くらい言わんかい! とお門違いに僕がイライラしていたら、Sさんも「私が助けたのに、お礼も言わずに行っちゃった……」と珍しく少し怒っていた。そりゃそうだ、と思うと同時に、お礼を言う言わないの大事さみたいなものをSさんと共有できていることに嬉しくなる。
さておき、世界一危険とも言われる崖っぷちの短い滑走路に着陸する時のハラハラは、その前のドキドキにかき消されてしまった。
そんなことより、ルクラに到着できて何より。
やっぱり、ここまで長かった。
当初の日程よりも3日多くかかってしまった分だけ喜びも大きいのかもしれない。
まずは、ここまで来られただけでも満足感がある。
お待たせしました。そして朝食。
いよいよ歩き始められる。
そう。僕は歩きたかったのだ。
荷物を受け取り、空港を出ると、荷運びをお願いするポーターのM君が待っていてくれた。
はじめまして。
寡黙な青年だが、さっそく荷物をひょいひょい運んでくれて、頼もしい。
M君には三日間も待たせてしまった。お待たせしました。待っていてくれてありがとう。
朝食抜きで飛行機に乗ったため、まずは空港近くのロッジで朝食トースト、じゃがいもの炒め物、目玉焼きのプレートを食べる。
ちなみに、目玉焼きの黄身が半生だった。2020年のネパール旅行時に、ポカラでお腹を壊して寝込んだのは、目玉焼きが半生だったからではないと疑っている僕は、よく焼き直してもらいたい。
ところが、英語がうまく通じなかった。こういう時にもガイドさんが役に立つ。ネパール語で希望を通してくれて、よく焼き直された目玉焼きが戻ってきた。本当に助かる。
ルクラは標高2,800mくらいにあるけれど、世界中からトレッキングに訪れる人が立ち寄る場所だけあって、カフェやお店やATMやビリヤード場といった娯楽施設まである。
そして、トーストと卵とちょっとしたおかずというのは、世界の朝食で一番ポピュラーな組み合わせなのかもしれない。インターナショナルパワー飯と名づけたい。
ともかく、やっと、エベレスト街道トレッキングが始まる。
ここまでも未体験の領域だったけど、ここから更に未体験の領域が広がっている。
エベレスト街道のルクラ付近は、森の中や川沿いもあるけれど、基本的には集落をつなぐ石畳の道になっている。
一歩一歩を踏みしめるように進む。
しばらく犬がついてきたけれど、いつの間にかいなくなってしまった。
どの一歩も本当に楽しい。
昼食。そして歩く。
楽しさに時間を忘れかけて、気づけば3〜4時間は歩いていただろうか。あっという間にお昼時。
パクディン(Phakding)というエリアにある HOTEL PINE FOREST で昼ダルバート。
標高2,500mを超えてもおかわりできる喜び。
そして、うーんまーい!(きっと何を食べてもそう思う。)
楽しさと、楽しさを超えた不思議な感情からか、飛行機が飛ばずにそわそわしていた時間が遠い昔のように感じられる。
けっきょくラメチャップで過ごした三日間は、長かったのか、短かったのか、主観では決められない。いや、客観でも決められないか。
当初の旅程では、高所順応も兼ねて、ここパクディンで一泊予定だった。
が、僕らには飛行機を待っていた三日間の遅れがある。
Sさんやコトリちゃんと相談して、まだまだ全然元気なので、今日はもう少し進もう、ということで合意。日頃からジョギングしているし、毎年夏シーズンには富士山に何度か登ったりもするので、脚力も問題無さそうだ。
いずれにしても、今後の行程は当初のスケジュール通りではなく、体力や気分や天気など色々な兼ね合いで相談して決めながら行きましょうということになる。
「困ったことがあったら何でも言ってください」と言ってくれるガイドSさんは、ずっと頼もしい。
ロンTだけで、少し暑いくらいの快適な環境もあいまって、本当に気持ちがいい。
ちなみに、背負っているザックも、履いているトレッキングシューズも、身体にフィットしている。これも実は重要なことで、快適さにつながる気がする。しつこく選ぶ僕につきあってくれた東京のアウトドアショップの店員さんにも感謝したい。
もっと大勢のトレッカーが歩いているのかと思っていたが、意外と少ない。
もしかすると、飛行機がほとんど飛んでいなかったことも影響しているのかもしれない。
憧れの場所に自分がいる。そして歩く。
色々な人の写真や旅行記を見て来てみたかった、言わば憧れの場所に自分がいる。
身体的な気持ちよさもありつつ、そういう精神的な気持ちよさもある。
さらに、実際に身を置いてみると、想像以上に気持ちいい。
こんなに嬉しいことは、そうそうない。
大人になるにつれて、意識的にも無意識にも、経験則でわかった気になってしまっていることがたくさんある。それが通用しない環境と言えるのかもしれない。とにかく嬉しい。
吊り橋もまた憧れていたもののひとつだ。それが実際に僕の目の前にある。渡るのは少し怖いけど、それ以上に高揚する。これぞ吊り橋効果か。
石畳の道の修復工事もこつこつやってくれている。
こうした手間が歩きやすさを格段に高めてくれる。ありがたい。
地元の人々の生活領域にお邪魔させてもらっている、という気持ちは忘れないように心がけよう。
歩きやすさは人間だけのためとは言えなそうだ。
荷運びのゾッキョ(牛とヤクの雑種)やロバもそう思っているに違いない。聞いたことないけど……
ナムチェバザール。そして元気!?
本当にずっと楽しい。楽し過ぎる。
歩いて歩いて迎えた17時過ぎ。
今日中に行けるかどうかは脚力次第という感じだったナムチェバザール(Namche Bazaar/標高3,440m)までたどり着いた。
天空都市の様相だが、自動車では来られない場所に、こんな立派な都市があることにびっくり。
これまた写真等では見たことあったけど、実際に見てみると、印象が違う。当然といえば当然かもしれないが、生活感が漂っている。
そして、4Gの電波が入る。
今日泊まるのは HOTEL8848。
中に入ると、Sさんはみんなと挨拶している。どうやら顔馴染みの宿らしい。
ポーターのM君が荷物を部屋まで運んでくれて、部屋の鍵を持ってきてくれた。ありがとう。その後、どこかに居なくなってしまった。M君はここには泊まらないらしい。
自分で背負っていた荷物も部屋に運ぶ。
壁はベニヤ板だけのプライバシーほぼゼロだけど、電気も電源も電波もあって、安心する気持ちと便利すぎて逆に残念な気持ちが共存する。
ベッドも僕にとっては十分な大きさだ。
ちなみに、僕は身長178cmだから、もう少し大きい人だと狭いと感じるかもしれない。
とにかく、今日はよく歩いた。楽しかった。
宿の食堂に向かい、ホットオレンジを飲んだ。心の底からほっとする。
飛行機が飛ぶか飛ばないかを心配していたのも今朝だし、昼過ぎからはナムチェバザールまで歩けそうか検討していたし、意外と緊張していたことに気づかされた。
夕飯は、もちろんダルバート。
メニューにはNepali Set Meal with Meatと書いてある。
ダルバート(Dal Bhat)と表記しないのは、海外トレッカー向けだからだろうか。
そんなことはさておき、やっぱりおいしい。
おいしいと言っておいながらなんだが、コトリちゃんが食べてたトゥクパ(日本のうどんみたいチベット料理)も含めて塩っけが弱い。
そのかわりなのか、テーブルに塩が置いてある。
世界中のトレッカーの味覚に合わせようとして、こうしているのかもしれない。もちろん違うかもしれないけれど、いちいち興味深い。
景色や歩くこと意外にも、体験して考えて、おもしろいことがたくさんある。
歩いている時にはトレッカーが少ないように感じたが、宿の食堂にはけっこう多くの人がいる。欧米っぽい人、アジアっぽい人、様々な地域から集めってきているのだろう。そんな宿の食堂では、見たことのある映画が上映されていた。
エベレストの登山隊が次々に死んでいく作品だ。宿泊者の不安を煽りたいわけではないと思いたい。
不安といえば、食後にコトリちゃんが少し調子悪そうにしていた。
Sさんのガイド仲間が持っていたパルスオキシメーターを借りて、血中酸素濃度を計測したら、80%くらいだった。
いわゆるコロナ禍の影響で得た血中酸素濃度の知識からすると、通常の標高では90%を切ったら呼吸不全を伴う危険状態らしいから、心配になる。
僕はといえば、頭痛も吐き気も無い、食欲はたっぷりある。でもまあ、念のためということで、僕も血中酸素濃度を計測すると、小鳥ちゃんよりも僕の方が低い数値だったから、なんかおもしろくて、みんなで笑った。
自覚症状が無いのに意外と低い数値だったから、やや不安もあったけど、笑った。
笑った後に再計測したら、みんなそれなりの数値で安心。笑うの大事。
元気。そして明日へ。
明日以降の行程について、改めてSさんと相談する。
エベレストベースキャンプまで行きたいけれど、ラメチャップの三日間のロスがあるのでどうだろう? というのが主な議題。
今日歩いていた様子から見た脚力や、今の元気そうな状態からすると、このままうまくいけば行けるかもしれない、とのこと。
今後、こちらも正直に相談するので、Sさんには無理そうだと感じたら厳しい判断をして欲しいとお願いする。
不安と緊張と期待と希望と言語化できない色々がぐちゃぐちゃにモヤモヤする。未知の領域をここまで来られた証拠だ。そして、今まさに未知の領域に居る証拠だ。
就寝前に、Sさんが「夜中でも体調不良とかあったら電話かけてください」と言ってくれた。どれだけ安心できることか。ありがとう。
そのまま21時過ぎに就寝。