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損しかない髪型、損しかない生き方

髪が伸びている。
人生の中で、どう考えても今が1番長い。

わさわさと生え散らかしている髪の毛には、「生えていてくれてありがとう(訳:まだまだハゲたくないです)」の気持ちを欠かしたことはないはずだけど、
日常生活の中では普通に鬱陶しくて毟りたくなる。

風呂上がり、ドライヤーを使い終えて、そのまま髪の毛になんの手も加えなかった場合、こうなる。


ワカメの幽霊みたいな状態
風呂上がりに毎回鏡見てびっくりする


キツすぎる。

正面から撮っているはずなのに、なんかもう後頭部の写真みたいに見えるし、
どう見ても人生がまともに進行している人間の面構えではない。
否、その肝心の面構えが写っていない。

人生云々に関しては完全に事実なので、ほぼノーダメージだと思うし、こんな状態になるまで髪の毛を放置している理由のほとんどはそれでしかなかった。

実際は何も上手くいっていないくせに、さも「人生、順風満帆🎶」みたいなすまし顔で街を闊歩するのはどうしても気が咎めたし、

「いっそそういう目で見られている方が気が楽なんじゃないか」という風に、
プライドの高さがよく分からない方向に暴走した結果、私は今この奇妙なスタンスに支配されてしまっている。

それがだいたい半年続いて、遂に前髪が顎先にまで到達した。

いよいよ、無人島に漂流したか、あるいはBEAMSあたりに就職したとか、
そのレベルの理由がないことには説明がつかない髪型になってしまった。

仮に、明日髪を切りに行くとして、この状態で来店したことに対する理由くらいは考えていかなければならない気がしている。

常に美容師が探しているはずの会話のとっかかりとして、これほど丁度いいものもないだろうから。

それがちょっと思いつかなさすぎることも、髪のメンテナンスを放棄している一因な気がする。

そしてさらに仮定を重ねて、ちょうど納得のいくような完璧な言い訳が思いついた場合も、そこから「散髪中に話しかけられた時の返答に困りすぎる」という第2ステージが待ち受けている。

言い訳の設定に準じた返しを即興で捻り出していかなければならない。難易度高すぎる。

そもそも、髪型が真っ当だった時代ですら、髪を切られている間の会話には苦労し続けてきた。

こういう悩みを誰かに相談すると、「黙るなりして喋りたくないことを美容師に伝えればいいじゃん」と言われることがほとんどだった。それができたらそうしたかったよ。

他の利用客と鉢合わせしたくなくて、いつも店が混雑しなさそうな時間帯に予約しているので、店内の閉鎖空間の中では基本的に担当の美容師と2人きりという状態になる。

1度だけ、美容師見習いみたいな人がもう1人横について、「盗めるだけ盗んでやるぞ!」と言わんばかりの真剣な面持ちで、先輩美容師が私の髪を切る様子を凝視していたことがあったけど、
きっとあんなことはもう2度とないと思う。

それはともかく、美容師(こちらと会話する意思のある知らない人)と2人きりという環境は、
私のような社会性の低い人間にとっては普通にめちゃくちゃしんどい。

ただでさえそんな状況なのに、こちらから能動的に雰囲気を悪くするような行動に打って出る勇気などあるはずもない。

その結果、美容師が義務的に投げかけてきたペラッペラの話題に対して腹式呼吸で無駄にハキハキと返答し、
話題が尽きそうになった瞬間から、6割くらい嘘のエピソードトークをその場で作って披露する、という謎の一手を繰り出すことになってしまう。

普通の髪型を、もっと普通に整えてもらっていた時ですらそんな有様だったというのに、こんなイレギュラーな状態で散髪に行って、無事に生還できるとは到底思えない。

そういう恐怖から、1度伸ばし始めた髪の毛に歯止めがかからなくなってしまっている。

先日、女の子と東京駅でご飯を食べるという、私の普段の生活からは考えられない予定が入っていた。

その前日まで、どうにかして散髪に行かなければならないという思いと美容師への恐怖心が幾度となくぶつかり合って、結局そのままの頭髪状態で出かけることになってしまった。

洗面所の奥、三面鏡の裏側を漁り、
父が以前使っていたであろうジェルワックス(ハガネのように強固・持続!と書いてある)を拝借し、出来損ないの野田クリスタルみたいな髪型になった状態で東京駅に向かった。

待ち合わせ場所の目の前まで着いた時、もう私の姿が明らかに相手の視界の中に入っている距離感だったにもかかわらず、「今どこ?」というメッセージが届いた。

彼女も、まさか久しぶりに会う男の髪の毛が野田クリスタルみたいになっているとは夢にも思っていない様子だった。

こちらから声を掛けると、一瞬知らない人から話しかけられた時のような顔をした後、声で気付いたのか「全然気付かなかった」的なことを言われた。

流石に予想外だったのか、いつになく笑顔が引きつっていた気がする。ごめんなさい。

もうここまでの文章で一目瞭然だと思う。
長髪になって、ひとつも得をしていない。

「変に見られた方が…」とかごちゃごちゃ言う前に、そもそもその辺の人達がこちらになんの興味もあるはずがないということをちゃんと理解するべきだった。

そういう自意識の渦みたいなものに取り込まれてしまった人間ほど目も当てられないものもないので、一刻も早くこの状態から脱出しなければならない。

そのためには、この髪型をどうにかすることが先決なんだろう。
そうに決まっている。


髪なんか伸ばすんじゃなかった
早く切りに行きたい
暑いし


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