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灼熱のIKEA物件(脱出不能)

大学進学を機に、ひとり暮らしをすることになった時、キャンパスの近くの町の不動産屋に行った。

このような、世界人口の過半数くらいは経験してそうなくらいにベタすぎる経緯から、
生まれて初めて内見というものに行く機会が発生した。

暖房が効きすぎた不動産屋のカウンターで、ラバー素材の取り外しが可能な取手を着けた紙コップを渡され、
サービスエリアなどにある「冷 / 温」 「水 / 茶」の選択肢だけがある機械から、冷たいお茶をコップに注いだところで、
やっと内見する物件を選ぶ時間が始まった。

生まれてからの18年間を、自分が生まれる時に両親が購入したマンションの中だけで生活してきたこともあって、
「理想の物件に求める条件」というものが全く思い浮かばなかった。

ひとつの物件にしか住んだことがない場合、「家とはこういうものだ」という認識になってしまって、
そんな慣れ親しんだ我が家に、物件としての不満などを見出すような客観的で冷静な視点などというものは手元に存在しなかった。

そんな状態で「ご希望の条件は?」的なことを尋ねられても、当然答えようがないわけで、物件選びは史上最速で暗礁に乗り上げた。

そんな時、不動産屋の入口付近にデカデカと張り出されていた物件のことを思い出した。


記載を見る限りは、家賃が5万だか6万だかで立地もそこそこだったので、普通に良さそうだなと思いながら張り紙を眺めていると、
同伴してくれていた父が「ここはちょっとナシだよな」と言った。

なぜ父がそんなことを言ったのかといえば、物件の外壁に、とても鮮やかなスカイブルーの塗料が塗りたくられていたからだった。

そしてその外壁のど真ん中を横切るように、どぎついレモンイエローの太い線が通っているようなデザインになっていて、どう見ても小さめのIKEAにしか見えなかった。

色合いからカラーバランスから、何から何までどう頑張っても言い逃れできないほどに、IKEAだった。

よく考えたらこれも家具屋にしては攻めすぎな外観


「掲載用の写真をプリントした時に画像の色相か何かがおかしくなっちゃったのかな?」などと思ったりもしたけど、写真の中の空の色は完全に正常な青空だったので、そういうわけでもない。

正真正銘、IKEAカラーのアパートだった。

初めて来た不動産屋に緊張していてすっかり頭から飛んでしまっていたけど、
あんなにインパクトのある物件のことを一旦思い出してしまうと頭から離れなくなって、

気が付けば、「あの外に貼ってあった青い物件も内見できますか?」などと言っていた。

不動産屋の女性は、それはもう綺麗な営業用の笑顔で「もちろんできますよ!」と言った。

ちょうどそれが手元にあったのか、例の物件の資料がものすごいスピードでカウンターに引っ張り出されてきて、
ものすごいスピードで「確定で内見する物件」の資料の山の方に載せられてしまった。

あっという間に、「やっぱり冗談です」などと言ってエスケープできる段階ではなくなってしまった。

その間、父は「こいつマジか」というような顔をしていた気がするが、その青い家も内見のスケジュールに組み込まれてしまった。

この段階では、この物件に対して、例の外壁が肉眼で見てどれくらい真っ青なのか見てみたいな、という程度のシンプルな好奇心しか抱いていなかった。

そして、不動産屋にオススメしてもらった駅チカの物件などを数軒見て回った後、ついにあの青すぎるアパートに行くことになった。

まっすぐな国道沿いを不動産屋の社用車で走りながら、通りにある家を一通り眺めてみた結果、これから内見する物件以外には、外壁が青い家などというものは存在しないらしいことが分かった。

その一帯が「家の外壁をIKEAカラーにするのが流行している変な地域」である可能性に一縷の望みを賭けてみた結果、普通にそんなことはなかった。

東京の県境に、そんな「ヨーロッパ諸国が観光資源として苦肉の策で作り出したかのようなカラフルすぎる街」のような代物が、易々と転がっているはずがなかった。

なんかこういうやつ

そんな意味不明な自治体があったとしたら、SNSを華麗に使いこなす現代っ子たる私が、この町の名前すら知らないというようなことなどあるはずもなかったと思う。

そんな簡単なことにも気が付かないほど、
「外見がトリッキーすぎる物件に、さも住む気があるかのようなスタンスで内見に行かなければならない」という事実が、私の思考回路をぐちゃぐちゃに破壊していた。

そんなことを考えているうちに車は停まっていて、不動産屋に促されるままに降車した。

そして、そこにあった建造物の外観は、写真で見たのと寸分違わずスカイブルーで、その中央部には、綺麗なレモンイエローの太線が走っていた。

そんなはずがないと思った。

人間が住むことを目的として建てられたとは思えないような、
住宅のカテゴリーに入る建物として、あまりにも不適切なカラーリングだった。

今まで何度も例に挙げてきたIKEAの外観も、
「外国からやってきた、なんか得体の知れないデッカい家具屋のようなもの」という触れ込みで見るからギリギリ納得できたのであって、

この色合いの建物が生活の基盤になるようなことなど、絶対あってはならないと思った。

しかし、部屋の中に入ってみると、意外にもウッド調の落ち着いた内装で、国道に面したベランダがあり、キッチンは広く、採光や風通しのことを考えられた大きな窓が2つあって、面積が体感で言えばちょっとした駐輪場くらいあるようなクソデカロフトまでついていた。

私は、このギャップにやられてしまった。

気が付けば、不動産屋に「ここにします!!」と言っていた。

この瞬間から私は、生まれて初めてのひとり暮らしを、外壁がIKEAの色をした家で始めることになってしまった。

住み始めてみたら、壁や天井に断熱材が入っていなかったのか、熱や湿気や冷気なんかが部屋に篭もりまくって何度も体調を崩す羽目になったし、
よく見たらベランダとかは普通に壁がスカイブルーのままだったので、洗濯物を干そうとする度に目が痛くなったりしている。
あと単純にめっちゃうるさい。国道沿い。

そういう細かいところに目が向かないくらいには、この物件の思わぬギャップにやられてテンションが上がりきってしまっていた。


こういう大きい決断を迫られた時、その状況に浮かれて、よく考えたら全然現実的ではない選択肢を選んでしまうという「ハシャギ癖」のようなものが、私の人生の課題なんだろうなと思う。

しかし、この家を契約した段階では、自分にそんな性質があることなど知る由もなかったので、浅はかにも自分の思うままに行動してしまった。

その結果、ある程度日が照っている時は、
部屋の空気が、炎天下に停めておいた車の中の温度と全く同じ状態になるような家に住むことになって、
夏になると、家にいるだけで毎年数回は必ず熱中症になっている。


なんの経験もないことにいきなり大賭けすると当たり前のように失敗する、ということが骨身に沁みてわかったな、と思いながら、
今年も既に何回か、布団から起き上がれなくなったりしている。

絶対に引っ越した方がいいのは分かっていても、
「また部屋選びを失敗したら、そしてこの家を下回る物件を借りてしまったらどうしよう」
という不安が頭から離れず、結局1度も不動産屋には行けていない。


ということで、暑すぎて住めたもんじゃない夏休みの間は毎年実家に帰ることになった。



実家帰るのサイコ〜〜〜〜〜〜!!!

快適すぎる 静かだしちゃんと涼しい
もうずっとここがいい

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