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だんだんとどんどんと
一人できりきり舞いしていました。
一人相撲をとっていたのかも知れません。
字面で見ると、ぽかんと開けた舞台の上で、きりもみするように回り続ける私や、誰もいない土俵の上で、まるで取っ組み合っているかのようにドタンバタンと暴れ回っている私が、目に浮かんできておかしいです。
🍳
年末に、姉妹で二人暮らしだったお隣さんが急に一人暮らしになった。お正月だけは遠方の娘さんが手配してショートステイに行っておられたけど、お婆ちゃんは契約期間よりも早く出て来てしまった。気に入らなかったんだそう(苦笑)。
私の生活はもうすでに娘のハトちゃんと認知症のおジイで飽和状態であったが、そこにもう一人増えた。お婆ちゃんの名前はリョウコさん(仮名)。ちなみにリョウコさんの父親と私の祖父は兄弟である。リョウコさんは夫を亡くした後にお隣に越して来られて、一年が経過しようとしていた。
私は、何かとお隣へ行くようになった。
リョウコさん、ゴミ捨て大丈夫?
リョウコさん、買い物行ってくるけどいるものある?
リョウコさん、筑前煮炊いたけど食べない?
年末からこっち、ずっと私の頭の片隅にリョウコさんがいて、寂しくないようにしてあげなければならないという一心で動いていた。
このあいだの日曜日、とても寒かったので思い立って寸胴鍋でおでんを大量に作った。給食センター並みに作った。そしてリョウコさんの好きそうな具を小鍋に移してお隣へ持っていった。リョウコさんは、とても喜んでくれた。おでんは色んな具材を入れて作ると出汁が出て美味しいんだよねー、とか言いながら大切に一つずつ自分ちの鍋に移していった。
そして唐突に
「さっき作った卵焼きあるから、食べてって」
と、お皿にホカホカのやつをドンとのせてずずいと差し出した。
時間は16時過ぎ。
太陽はずいぶん傾いて外は寒さの気配が色濃くなりつつあった。私は、干していた洗濯物のことが気になりながらも、ついには腰を下ろしてリョウコさんの卵焼きを食べることにした。
リョウコさんは私の真ん前の椅子に腰掛けて私の顔をじいっと見ていた。口の中には熱さと油の香ばしい香りと出汁の旨みとお砂糖の甘みが広がった。その瞬間、私は何故か小さな小さな女の子に戻ってしまった。もう、とうに亡くなった実の母の卵焼きを思い出していた。
何度も何度も焼いてくれた卵焼き。
お弁当にいつも入っていた卵焼き。
もう二度と食べられなくなってしまった卵焼き。
私は、思いがけず久しぶりに自分より目上の人が作ってくれた卵焼きを食べていた。咀嚼する様子を見守られながら。なんとも言われぬ安心感を味わっていた。目の前の卵焼きは、形も味付けも違うけれど、「概念上の」母の味がした。
リョウコさんは言った。
「チーちゃん。私のために気を遣ってくれてありがとう。でも、こんな風に毎日でなくていいし、私にも、できることは沢山あるから。あなた、なんだか随分しゃかりきになってるみたいで、」
とここで言葉を切って
私の手をお箸ごとギューっと握った。
「私は大丈夫」
私は鼻の奥から込み上げてくるツーンという痛みを我慢するのでたいへんだった。目の奥にも熱い痛みを感じていたがそれも我慢した。
リョウコさんの視線の先には絵があった。画家であったご主人が描いた油絵。
視界のとどく限り向こうの方まで続く干潟が描かれている。太陽は昇る前で水平線の下にあるが、その存在ははっきりと感じられて空に光を放出している。空は金色と灰色のあわいでせめぎ合っている。干潟はなめらかに整っている。その泥に無数の杭が立っている。
静かな絵。
でも朝にむかってこれから動き始める絵。
お隣さんが一人暮らしになった日から、ずっと不安を先取りしていた。起きてもいないことを予測して暗くなっていた。私一人てんやわんやしてきたけれど、リョウコさんは落ち着いていてマイペースに過ごしている。そう言えば、訪問するたびに帰りがけに何らかのおみやげを持たせてくれるリョウコさん。「ハトちゃんに」って、みかんやプリンや、干し芋や生姜飴湯など色々。
リョウコさんはしっかりした目上の人なのだ。
だんだんとリョウコさんは逞しくなってきている。
どんどんと私はリョウコさんのことが好きになっている。
🍳
今日、仕事から帰ってくる時、暗い車の中からリョウコさんの家の方を見ると、リビングに煌々と明かりがともっていました。リョウコさんから発される生活の光を見るとほっとしました。私の心も照らされているようでした。空を見上げると、今夜は満月でした。
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