さよなら、を教える。
この週末、ついにあの人が我が家にやって来る。
あの人を夏休みに誘っていたけれど、スケジュールが合わなくて、なんと冬になってしまった。
学生時代の大切な友達ふたばちゃん。
私がソワソワして、部屋をお掃除したり、甘いものを買ってきたり、良い紅茶を準備したりしているのを娘のハトちゃんは観察していた。
「おかあさん、嬉しそうだねえ」
そして、ハトちゃんもソワソワしだした。
ハトちゃんは、自閉症スペクトラムの特性があってプロの(?)人見知りである。おそらく会って丸一日は緘黙を貫くであろうと予想している。
でも、私は、別れ際の「さよなら」だけは言って欲しいし、その気持ちと意味を知って欲しいと思っている。
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大学の卒業式の日、ふたばちゃんは卒業証書を持ってアパートの玄関まで来てくれた。私は就職浪人のため大学に残ることが決まっていて、ふて寝していた。玄関を開けた時の、後光が射すような彼女の輪郭を覚えている。未来に向けて進み始めた人のキリッとしたオーラ。
「おめでとう」
玄関の扉を挟んであちらとこちらの属する世界が、社会人と大学生という別々の世界になったのだ、という違和感が邪魔して、もにゃっと口の中で呟いただけになってしまった。
「じゃ」
また、会うつもりで、改めてお祝いや別れの言葉を言うつもりで、手を振って扉を閉めた。
でも3月はあれこれ忙しく、会えないまま、ふたばちゃんは転居していった。
大学時代のほとんど毎日、顔を合わせて過ごしてきたふたばちゃん。さよならも言わずに行かせてしまったことをずいぶん長く後悔した。そして、次に会えるのはずっと先になるって分かってきて、寂しさがつのった。
⭐︎
ハトちゃんと私の友達ふたばちゃんは、どんなコミュニケーションをするんだろうか。二人の醸し出す空気はどんな色合いをしているのだろう。
三人で布団を並べて眠るけれど、それは一晩だけで、翌日には帰ってしまう。ハトちゃんとふたばちゃんが良き交流をしても、それは有限な時間の中で必ず終わりがくる。
人との出会いと別れ。
また会えたことが嬉しくて、それを気持ちにするんだよ。別れが寂しくてそれを伝えたくて言うんだよ。次に会うまで元気でねって。
「さようなら」
ハトちゃんに、さよなら、を教える。
言えなくても良い。
さよならの気持ちになってもらおうと思う。