三分後の世界
金曜日の夜なのに、私の電話はうんともすんともいわない。明かりををつける気にもなれずに、薄暗い部屋のベッドで天井を睨む。
外の国道を車が通り過ぎるたびに、ライトの反射で天井に窓枠の影がすうっと動く。どのくらいそうしていただろうか、ふいに思い立ってベランダへ出た。ベランダの隅に立ち、顔を手すりから思いきり出して、下をみた。夜風がひんやりと頬をなでる。
一階のほうをうかがう。
あ、電気ついてる。
彼は、いる。
居室の前に植えられた庭木は、室内からもれ出る明かりに照らされていた。
次に頭を巡らせて上方を見る。
月が落っこちそうなほど
明るく大きく
空に引っかかっていた。
山崎まさよしも言っていたよな、
寂しさ紛らすだけなら
誰でもいいはずなのに
星が落ちそうな夜だから
自分をいつわれない
出典:『One more time, One more chance』
今夜の場合、月だけど。
もう、自分をいつわれない。
⭐︎⭐︎⭐︎
「あの人の部屋に行ってみたい」
「あの人が何に囲まれて生活しているのか知りたい」
「なんの音楽を聴いて過ごしているのだろうか」
私は、同じアパートの1階の住人に恋をしている。
けど、彼の方からは全く呼ばれる気配がない。
どうする?
⭐︎⭐︎⭐︎
天然と言われる人がいる。
意図的に動くことを知らず、心のままに呼吸するように生活できる人である。
私だって、人生って何となく積み重なっていくものかなぁと思っていた。昨日に足し合わせて、今日を過ごした分が付け加わる。明日もしかり。
恋愛も、意識しないうちに、二人の気持ちが盛り上がって。気がついたらお互いになくてはならない存在になっている、自然に。
自然に?
はあ。
お互い、自分が属している集団に、かさなるところがなく接点が見当たらない。学部も違う、サークルも違う、バイトも違う。
でも、彼と初めて会った日から心をまるごと持っていかれていた。
私にとって、自分から欲しいと思ったのはこれが最初かもしれない。
天然でぽわんと過ごしていればよかった世界線から、わざわざ意図的に自分で取りに行く世界線に大きく舵をきるのだ。
だって、月が落ちそうな夜だから、一緒にいたい。
⭐︎⭐︎⭐︎
そのアパートの一階の住人は皆、居室の前に専用庭を持っていた。一軒ごとのスペースにするため植木で区切られていて、庭に出るには部屋を通るしかない。
①彼の専用庭へ目掛けて私の私物を投げ入れる
②物を落としたので、庭に取りに行きいと電話
③やむなく彼の部屋を通らせてもらう
という作戦を思いついた。
メイク、オーケー
ネイル、オーケー
デオドラント、オーケー
髪型、オーケー
服、オーケー
し、下着?オーケー
三分後の世界はどうなっているのだろう?
ベランダからぶん投げた鉢植えのサボテンは下へ落ちて行った。
こちら↓の続編にあたります。