We“can't”sleep:保安官補佐パトリックの覚書 『Snake oil ①』
イリノイ、クインシーから馬で半日ほどの郊外。ぽつんと立つ小屋を見下ろす丘の上。
俺は退屈に耐えていた。
「しかしだ、またガセじゃないのかね」
何杯目だかわからない安コーヒーを啜り、ぼやく。
「気を抜くなよぉ、パット」
大男のオリバーが愛用のコルトを磨きながら言う。
「“we never sleep”。それに、ハルとジョンが戻る頃合いだよ」
得意げな顔。神はこの男にユーモアセンスをくれなかったらしい。きっと腕っぷしと頑丈な胃袋を与えたところで贔屓になると思ったのだろう。
この農家に賞金首が匿われているらしいとタレコミが入り、派遣されてからまる五日。
その様子は実にのどかなものだ。夫婦はよく働き子供たちはよく遊ぶ。不審な動きはない。いや、商人が一人来ていたな。
調べてみればこの辺りの農家を得意先にしている商人のようで、身元も確か。無関係と見ていい。せむし男を連れていたのは確かに不気味だったが。
要するに手詰まり。それで俺達はもう少し大胆に出ることにしたのだ。
「ハロルドはともかく、ジョンを偵察に行かせたのはお前の間違いかもな。くく、うらなり坊やがヘマしてなきゃいいな?」
皮肉屋のモーリスが横に張り出した髭を震わせ、嗤う。本当にいけ好かない野郎め。
「……噂をすればほら。戻ってきたぞ」
顎でしゃくった先、丘の下から近づいてくる人影がある。ひょろ長い背格好、大きすぎるハット。確かにジョンだ。しかし、足取りは覚束ず、眼は見開かれている。
何より、人数が一人足りない。
「おい、ハロルドはどうした?」
肩を掴み、揺する。その靴はべったりと赤黒く汚れていた。尋常ではない。
「ジョン?……ジョナサン!返事しねえか!」
やつは一瞬だけはっと正気づいたように見えたが、すぐにがたがたと震えだす。そして叫んだ。
「悪魔だ!あの一家は悪魔憑きだッ!」
こいつ、こんな大声を出せたのか。
ジョンが何かを握りしめているのに気づいたのはその時だ。
【To Be Continued next number.】
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