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読書記録.4「黄色い部屋の謎」/ガストン・ルルー/平岡敦・訳

ロスマクのさむけに引き続き、本格ミステリを。
もともとコリン・デクスターのウッドストック行最終バスを読むつもりだったが、レビューが絶妙に賛否両論だったので読むかどうか迷ってしまい、書架でたまたま目に入ったこちらを選んだ。

ガストン・ルルーといえば、オペラ座の怪人で知られるフランスのミステリ作家である。1868年にパリで生まれ、1927年に58歳で亡くなっているから、ずっとずっと昔の人だ。日本で言えば、森鴎外くらいの時代である。モーリス・ルブラン(怪盗アルセーヌ・ルパンの生みの親)と並ぶ人気作家であった。
本作「黄色い部屋の謎」は、当時刊行されていたイリュストラシオンという挿絵入り新聞に連載されていた小説である。ちなみに、この新聞はミュシャが挿絵を描いていたことで有名だ。
刊行から100年以上が経った今日でもなお、新訳が出て新たな読者を獲得し続けている。本格ミステリの傑作であり、密室ミステリの古典と言っていいだろう。
個人的には、密室ミステリは序盤のわくわく感と比較して最終的なトリックでがっかり(?)することが多い。密室の巨匠と呼ばれるディクスン・カーの「ユダの窓」や「火刑法廷」も、引き込まれはしたがオチに関しては全くと言っていいほど覚えていない。どうも、屋敷や部屋の図面に弱いらしい。
また、本作は「意外な犯人」もののミステリとしてもよく知られている。エドガー・アラン・ポーの「モルグ街の殺人」がその典型と言えるだろうが、私はこの「意外な犯人」ものも残念ながらあまり得意ではない。筋の通った意外な犯人、という作品を読んだことがないだけだろうが、なんとなくすっきりしきれないようなところがある。

本作はタイトル通り、黄色い部屋で起こった殺人未遂事件が舞台である。
被害者が殺されず殺人未遂、というのがまず面白い。ならば被害者から話を聞けば全部解決では、と思いきや、なかなかいい証言が出てこない。妙に怪しい。背景に、なにか大きな事情があるような気配である。
そのうちに第二の事件が発生し、これがまた現実には起こりえないような奇妙な密室事件で、いよいよ化け物かなにかの仕業ではないかと思わされる。謎が謎を呼び、そのまま場面は法廷へと移り、探偵によって謎解きが行われ、犯人は裁かれ…?というのが大まかな筋である。
最後の10ページは、やはりさすがは本格ミステリというべき引き込み方だった。この謎解きを読むために数百ページ、多少冗長でも読んでしまうのよねえ、と毎度のことながら感嘆してしまう。あの没入感は、ミステリにしかない楽しみだろう。

ガストン・ルルーのミステリに登場する探偵は、新聞記者のルルタビーユである。本名、ジョセフ・ジョゼファン。若い新聞記者だが、頭脳明晰で数々の難事件を解決してきたというちょっとした有名人である。
ルルタビーユはフランス語で「玉転がし」という意味だ。丸い大きな頭だから、そう呼ばれているらしい。意味深な発言が多く、どちらかというとおしゃべりなタイプの探偵である。
事件の概要が明らかになる前、序盤の方は特に伏線的な発言が多いので、この言葉がどこにつながるのだろう?と推理しながら読むのは面白かった。
もちろん、終盤の法廷シーンも見ものである、そして、もしかして…?という余韻を残す最後数行もとても良い。

古臭さを感じさせないという意味では確かに古典だが、様々なミステリを読み慣れ、情報も溢れている現代では若干新鮮さに欠けるというのが率直な感想だ。しかし、当時の人々にとっていかに面白い小説だったかと想像すると、それだけでわくわくしてしまう。ディクスン・カーが絶賛したというし、日本でも江戸川乱歩が熱烈に歓迎したらしい。
いいなあ、本格ミステリの黄金期。
密室ものが好きな人なら、普通に楽しんで読めるだろう。

余談だが、物語に以下のような文章が出てくる。
「…あいだを結ぶ近代の建物部分はヴィオレ=ル=デュック風で、そこに正面玄関があった。…」
ヴィオレ=ル=デュック!!!プルーストの、「失われたときを求めて」を読んだときに出てきた建築家である。最近なにかで彼の建築理論の本を見かけたから、有名な人なのだろうとは思っていたが、こういうかたちで偶然出会えるとなんだかとても嬉しくなってしまう。きっと時代を象徴するような人なのだろう、またどこかで逢えるような気がする。

フランスのミステリは初めてだったが、訳が良いのもあってさらっと読めた。今度ミステリを読みたくなったら、ポール・アルテあたりを読んでみようかな。
次は海外文学を読む。久しぶりに、読んだことのない作家さんに出逢ってみようかと。

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柴田元幸責任編集「MONKEY」最新号ゲットした。
特集タイトル「ここにもっといいものがある。」、いいなあ。ワクワクするー!



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