あなたに褒められたくて
やっとやっと『麒麟がくる』が再開した。
この大河を観ながら焼酎を呑むことが、日曜夜の楽しみだった。
嬉しい。
僕がこの大河を観る目的の半分は、染谷将太演じる織田信長だ。
観る前は、
「染谷将太が信長ぁ〜?そんなん絶対失敗やん」
と思っていた。
ごめん、ソメショー。
お前を侮っていた。
今まで観た中で、最高の信長だ。
肖像画のイメージと違ってまん丸顔で、「であるか」も言わないのにだ。
この信長の行動原理は、ただ「褒められたい」ということだけだ。
しかし、父にも母にも褒められず(父の信秀は、実は信長を認めていたようだが)、褒められることに飢えていた。
桶狭間で今川義元を討ち果たしたのち、明智光秀が
「お見事でございます」
と声を掛けた後の、
「褒めてくれるのか⁉︎」
の時の、嬉しそうな顔。
そして、帰蝶について話が及び、
帰蝶は何をしても褒める。いつも褒めてくれる。あれは母親じゃ
旦那に女としてではなく母親として見られているというのは、現代なら離婚案件にもなりそうな気もするが。
実の母親に一切愛されずに育った信長の、歪んだマザーコンプレックスを受け止められるのは、帰蝶しかいなかったのだろう。
僕がこの染谷信長を好きなのは、やはり強いシンパシーを抱いているからだ。
第六天魔王にシンパシーを抱くというのも恐れ多いが、実は僕自身も「めんどくさい褒められたがり」なのである。
勝って褒められたい
唐突だけど、僕の試合を2つ観てもらいたい。
まずは空道の西日本予選。
そして、初柔術の試合。
この時は、柔術のルールも柔術的な戦い方もほとんどわかってないままに、空道でやってたごくごくベーシックな寝技だけで戦った。
別に、僕が一本勝ちした試合を見せつけてドヤりたいわけではない。
…いやごめん。
それもちょっとはある。
ただ、僕が本当に見て欲しいのは、僕の勝利をみんなが大喜びしてくれていることだ。
そして、喜んでくれているのはチームメイトだけではなく、他道場の人たちも含まれている。
過去に対戦した他道場の人たち、かつては「殺す気」で殴り合った人たちが、僕の勝利を喜んでくれている。
格闘技の試合、特に打撃のある競技の場合、相手は「殺す気」で殴ってくる。
そして僕は、相手が「殺す気」であればあるほど、無性に嬉しくなってしまう。
「殺す気」と言うと聞こえが悪いが、要は「ド真剣」ということだ。
「この人間関係が希薄になったドライな世の中で、目の前のこいつは、こんなにも真剣に俺に向き合ってくれている…‼︎」
と思うと、相手に愛情すら感じてしまう。
だから、一度「殺す気」で殴り合った人は、みんな友達だ。
(向こうはそう思ってないかも知れないが)
(そして、こういった感情は、理解できない人も多いと思う。そういう人には、ごめんなさい)
なんにせよ、僕の勝利をこんなにもみんなが喜んでくれている。
「喜んでくれるのか⁉︎褒めてくれるのか⁉︎」
完全に、桶狭間後の信長気分である。
無理に褒めなくてもいいよ…
かように僕は、「褒められたがり」である。
ただ、「この人、無理に褒めてるな」とか「リップサービスで褒めてるな」と勘づいた時は、深く傷つく。
僕の扱いは非常に難しい。
僕を褒める時は、十分気をつけてもらいたい。
以前、格闘技関係者で呑んでいる時に、なんかみんなでお互いを褒め合うような展開になった。
「あの大会の時の◯◯さんは、カッコ良かったですね〜」
「△△さんの稽古への姿勢、尊敬します‼︎」
そんな流れの中、僕の格闘技の後輩かつ職場でも後輩というSくんが、「ハシマ先輩のことも褒めなければ……‼︎」と思ったのだろう。
「ハシマ先輩は、フォークリフトの運転めちゃくちゃ上手いんですよ‼︎」
と宣った。
…いや、それ格闘技に関係ないし…。
彼なりに、がんばって僕の「褒め所」を探した結果なんだろう。
褒める所が無いなら、無理に褒めなくてもいいよ…。
なんか微妙な空気になっちゃったし。
誉め殺せ‼︎
ムリヤリの「褒め」は遠慮しておくが、本心からの「褒め」は24時間受け付けている。
特に今は、僕の書く「文章への褒め」に飢えている。
僕が書いているのは、エッセイ的なことだったり、私小説的な昔の話だったり、何にしても自分語りだ。
故に、「有名人でもない俺の自分語りに、誰が興味あんねん?俺は、ただのマスターベーションを公開してるだけなんちゃうか?」という疑念が、常に湧いてくる。
その「恐怖心」と戦いながら、「公開」のボタンを押している。
だから、ちょっとでも僕の文章の良い点を見つけた方は、遠慮なく褒め倒して下さい。
完膚なきまでに、褒め殺して下さい。
あっ、「ここをこうした方がもっと良くなると思うよ」的な、愛あるダメ出しもお待ちしています。