
「日々の幸せにつながるアートを届けたい」版画家 北嶋勇佑インタビュー
企画・取材・文 たちばな みつや
東京都杉並区にアトリエを構える版画家・北嶋勇佑さん。
色鮮やかな原色で、迫力ある動物の姿を捉えたシリーズを描く人気アーティストです。ギャラリーや全国の百貨店を中心に、年間40回以上作品を発表するなど、精力的に活動を続けています。このインタビューでは、作品表現やモチーフ、北嶋さんが版画家になるまでの経緯などについて伺いました。
彼の作品の魅力、そして版画を作り続けるモチベーションに迫ります。
作品表現について
ー北嶋さんの作品は、鮮やかな油絵の具と、その厚みある筆跡が特徴的です。一般的な版画のイメージとは異なる表現のように思われますが、これらの作品には、どのような技法が使われているのでしょうか?

北嶋 ポイントとなるのは、「モノタイプ」と呼ばれる転写の技法を用いていることです。これは、板に絵の具などを使って直接絵を描き、紙などに転写をするというものです。いわば彫りの工程がない版画ですね。版画ならではの摺りから生まれる質感と、手描きならではの筆跡、2つの特徴を活かした表現ができます。ただ筆跡といっても、手描きとはまた違った、繊細かつ大胆な面白い雰囲気に作品を仕上げる事ができます。また、モノタイプの作品は、絵画のように絵の具を塗り重ねて描くため、版画といってもすべてが1点ものです。
さらに僕は、あえてそこに木板を彫るという工程を加えています。これによって、画面に輪郭線が加わり、作品の主人公を強調したり、また画面をより構成的に作り込むことができます。

北嶋 実は作品の黒は、絵の具の色ではなく、この黒紙の地の色なんです。インクを刷る工程では、発色を強くするために黒紙を使用しているので、その地の色を活かしています。黒紙に刷り出したイメージは、さらにカッターで不要な部分を切り出し、キャンバス上で再構します。一色の均一な背景と、豊かな版画表現との組み合わせの対比や、紙を重ねることで生まれる厚み、構図としての面白さの追求など、ひと味もふた味も変化を加えた作品に仕上げています。
こうした数々の工程を経るため、僕にとって作品は「描く」というより「作る」という感覚に近いですね。この技法は、版画を制作し始めた10代の頃から、ずっと変わらないスタイルです。
版画家になるまで
ー10代から版画の制作が始まっていたのですね。北嶋さんは、幼い頃から作品を制作されてきたのでしょうか?
北嶋 僕の父は、住宅設備関係の仕事をしており、家にはたくさんの工具がありました。また近所に造形教室があり、小学校の6年間は毎週通って、ジャンルを問わず様々なものを作りました。こうした環境があったので、僕にとってものを「作る」ということは、ごく自然な行為になっていったんです。
とくに立体作品を好んでよく制作していましたが、その中でも木工が大好きでした。木と言っても高級な木材や天然木などではなく、角材やベニヤ板(壁などの下地に使う平板)の端材が身近にありました。端材でしたから、気兼ねなく使える自由さも楽しかったです。また木材は加工を前提とした素材であり、完成品ではないということを、子供ながらに意識していました。小さなものから大きなものまでを自在に作り出すことができる木材は、とても魅力的でした。
そういった流れもあり、高校への進学時には、建築が学べる学校へと進学しました。
ー大学も建築学科に進学されましたね。ここから、現在の版画家という道を志した経緯についても教えてください。

北嶋 たいそれた理由はないのですが、大学1年生の頃、授業で版画作品を制作する機会があり、出来上がった作品に手応えを感じたことが始まりです。それから4年間、建築学科の課題をこなしつつも、合間に版画の制作を続けていました。実は絵を描くことに苦手意識があったのですが、版画の場合は、彫るという工程を挟んでいるからか、抵抗感なく続けることができました。それどころか、どんどん楽しくなっていったんです。もちろん建築も楽しかったのですが、やはり最後まで自分の手で完成させることができないという点に、徐々にジレンマを感じるようになっていました。

北嶋 そのままいったんは、建築関係で就職活動をしたのですが、どうしてもテンションが上がらない。そこで、思い切って大学院の版画専攻に進学することにしました。大学院ではアーティスト志望の仲間たちにも囲まれ、作品を作り続けていくうちに、徐々にプロのアーティストとして活動を続けよう、という決心がついていったという経緯です。

北嶋 大学院では、木版はもちろん、リトグラフ、シルクスクリーン、銅版、という四版種ある様々な版画を基礎から学び直しました。それは、改めて自身の制作について考え、試行錯誤する貴重な時間でしたね。ただ意外にも、モノタイプ+彫りという自身のスタイルは変わらなかったです。
モチーフの変化について
ーさまざまなものを学ばれたうえで、やはりご自身のスタイルを選択されたということですね。描くものの対象には、変化はあったのでしょうか。
北嶋 当初は、消しゴムやカップ、カエルやアヒルのおもちゃといった、日用雑貨を多く描いていました。それらはありふれたものですが、視点を変えて見ると新鮮で、絵画の主題としての面白さを感じました。日常を生きるなかで、何か特別なことがなくても、モノとの向き合い方を変えることで世界は違って見えてきます。そんなポジティブで新鮮な気持ちを、作品を通して受け取って欲しいと考えていました。

北嶋 そのうちに、植物、そして動物も描くようになり、無生物から生き物へと対象が移り変わっていきました。なにか大きなきっかけがあったというよりも、興味関心が広がったり、アーティストとしての力量が上がった結果ですね。現在は動物をメインで描いているので、動物の作家というイメージを持たれている方もいらっしゃると思います。
ー無生物と動物、描くうえで、意識の変化などはあるのでしょうか。

北嶋 ニュアンスの違いなのですが、動物をメインに描くようになってから、描く対象をモチーフではなく、モデルと呼ぶようになりました。彼らは生きているので、モノのように扱うのはなにか違うなと思ったんです。
もちろん、彼らと言葉による意思疎通はできませんが、観察をしていると、感情が伝わって来ることがあります。息遣い、仕草、表情など、それらを通して、その個体が醸し出す独特の雰囲気や、彼らのその日の気分などを感じるんです。
そういったものを感じ取ったとき、身近な存在に思えて、描いてみたいという気持ちが湧き上がってきます。ただし、彼らと僕の関係性は、友人という感覚ほどは近くありません。同じ世界で共に生きる「よき隣人」という表現がぴったりだと思います。
ー動物を描いた作品は、じっとこちらを見つめる視線も相まって、迫力ある作品が多いですね。

北嶋 僕は動物は好きなのですが、不思議とあまりかわいいとは感じないんです。「かわいい」の代表格とされるようなパンダも、実際は熊ですから、よく見ると実は目も爪も鋭く、野生的な力強さを持った存在だと感じます。そういった動物の力強さに惹かれます。
取材は、なるべく先入観を取り払って、今目の前にいる彼らに集中し、じっと観察をするようにしています。そうすると、僕なりに彼らの確信のようなものが掴める瞬間があるんです。「ここだ」という一瞬を、自分というカメラで写真におさめるという感じでしょうか。実は以前は、長尺の映像を撮っているような感覚でした。じっと見つめているうちに、僕自身の色々な感情や演出が入り込んできましたが、今はあえてそこは抑えています。

北嶋 モデルと鑑賞者の目線を合わせるような構図をとるのにも、意図があります。
「目は口ほどに物を言う」という言葉のとおり、目には意思や感情が表れているからです。視線の合う作品を作ることで、僕自身が感じた彼らのリアルな姿を、まるで実際に彼らと対峙した時のような臨場感を持って体験してもらえると考えています。
取材して得た、生きた感覚を忘れないうちに、アトリエに戻って制作を開始します。下図を描き、彫り、色を塗り、そして刷って、さらに切り貼りして再構成していく。この過程においてもまた、自分がモデルから得た、言葉では言い表しがたい何かを探りながら、作品に落とし込んでいきます。取材をしたときに感じたものが作品にうまく表現できたとき、達成感を感じるとともに、言葉にできない何かを形にすることができたという安心感に包まれます。
アーティストとして大切にしていること
ー北嶋さんが作品を制作するうえで、一番大切にしていることは何でしょうか?

北嶋 いつも考えているのは、意味のあるものを作りたいということです。
これはずっと変わらないポリシーで、建築を選んだのも同じ理由でした。
たとえば家を作れば、住むことができますよね。建築は、作る=用途のあることですから、自分としても違和感なく選択できたのだと思います。
ただ、アートには明確な用途はありません。あるとすれば、見ている人の感情を動かしたり、考えさせたり、気づきを与えるきっかけになれることでしょうか。
僕は「Art is Happy!」をモットーに作品を制作しています。自分が作った作品によって、誰かがクスッと笑ってくれたり、癒されたり。または何かを懐かしく思い出したり。そんな力のある作品を作りたいと思っています。
またアートは、僕自身にも幸せをくれるものです。今でも展示の企画が決まるたびに嬉しいと感じるのは、アートもまた僕に「作る」という意味を与えてくれるからです。求められて作品を作る事ができるというのは、アーティストとしての大きな喜びです。
これからも、みなさんに感謝の気持ちを忘れず、人々の日常とともに歩んでいける、親しみのある版画作品を作り続けたいと思っています。
▼北嶋 勇佑(きたじま ゆうすけ)
1989年、東京都生まれ。版画家。2012年、武蔵野美術大学建築学科卒業。2014年、同大学大学院版画コース修了。武蔵野美術大学助手を経て、2020年より専業の版画家として活動を続けている。2024年より、日本版画協会会員。 ウェブサイト KITAJIMA yusuke - WEB SPACE -