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沖縄に7泊8日滞在してみた

こんにちは。三橋亮太です。
このあいだ沖縄に7泊8日してきました。


なんで?

2023年の10月30日から7泊してきましたが、実は旅行じゃないです(ちょっとは旅行かも)。行くことになったきっかけは、全国小劇場ネットワークが募集した「第3回シアターホームステイプロジェクト」という企画があり、2023年5月に北千住BUoYという会場にて演劇公演をしたご縁からBUoYからのご推薦をいただき、沖縄県那覇市にあるアトリエ銘苅ベースに赴くことができました。

目的は?

2020年から現在まで、「Terra Australis Incognita」というプロジェクトを、自身が代表をつとめる演劇団体の譜面絵画にて行なっています。

『Terra Australis Incognita』ビジュアルA
『Terra Australis Incognita』ビジュアルB
過去の『Terra Australis Incognita』の上演写真
譜面絵画 ビジュアル

2020年からコロナ禍に突入し「ここじゃないどこか」への憧れや、コロナ以前の旅行への距離感、ひいては体験としての実感そのものについて、それまでと感覚が大きく変化しているな。と自覚したことが大きく、情勢によって変わる今日(こんにち)の地点から、過去や未来への距離感を想像していくような作品を作りたいと思いました。

冒頭に「Terra Australis Incognita」を、"プロジェクト"と書いたのは、この演劇は少し形態が珍しく、「書き下ろした短編戯曲を、音楽ライブにおけるセットリストのように会場ごとに組み合わせて上演を構築する」という上演システムを採用しているからです。
事前に、短編戯曲を8つまとめた戯曲アルバムとしてリリースをしています。さらに上演会場ごとに新たな短編戯曲が追加されることで、セットリストとして上演される短編戯曲の上演パターンがいくつも増えていきながらも、上演会場ごとの特色や変わった情勢などが作品に追加されていきます。このような特性から"プロジェクト"と呼んでいます。

戯曲アルバム「Terra Australis Incognita」ジャケット表
戯曲アルバム「Terra Australis Incognita」ジャケット裏

さて遠回りしましたが、ようやく本題の赴いた目的に近づいてきました。
前述している「Terra Australis Incognita」の作中には、”現地”という場所が登場します。そこは海外か国内かもわからない、おそらく南国のような場所であって、ある人がコロナ前に行ってきたんだよ〜と説明されます。
「Terra Australis Incognita」というのは、”未知の南方大陸”の意を持つラテン語です。
執筆にあたって自分の想像する"現地"とは、Australisという部分がオーストラリアの語源だということから、オーストラリアみたいでもあり、日本だと沖縄のような場所だよな〜と考え始めました。

コロナ禍で書き下ろしたという部分にも起因しますが、この作品が抱えるエピソードやシチュエーションのほとんど全てが、自身のフィールドワークや体験を通して創作されていません。つまりはほぼ空想であり、色々なところから聞きかじったエピソードを再構築したような感覚です。

そこで、情勢があの頃よりはある程度落ちつき、各地へ訪れることが多少気軽になった今、実際に沖縄へ訪れることで、歴史や文化などを現地で学び、人から直接お話を伺い、全てを自分の肉体を使った実感として味わうことで、未完のプロジェクトである「Terra Australis Incognita」および、自身の今後の創作に還元してみたいと思い、那覇にあるアトリエ銘苅ベースでの滞在を今回、希望しました。

長くなりましたが、これが今回の目的です。
もうすでに1300文字を超えていますがここからが本題です。
こっからはもっとフランクになります。ほぼご飯日記です。

成田空港駅

10/30

朝食:ポカリの薄いやつ(移動中にちびちび)
昼食:沖縄そば(あがり家)
おやつ:てんぷら いか・もずく(呉屋てんぷら)、
    アーサ厚焼き玉子ポークおにぎり(福助の玉子焼き)
夕食:ハンバーガー(A&W)

沖縄到着日。
成田の朝は肌寒かった。ほぼ朝イチの飛行機に乗り那覇空港に向かう。到着すると若干あったかい。羽織っていたカーディガンを脱ぎ、ゆいレールというモノレールに乗り銘苅ベースに行く。実は沖縄には鉄道が走っておらず、ゆいレールのみが走っている。ただ昔には"ケービン"と親しまれていた沖縄県営鉄道が走っていたが、1945年には営業を終了している。これは沖縄戦が始まったことで壊滅的な被害を受けたからである。
無事に銘苅ベースへ到着する。銘苅ベースの大家さんをしている安和学治さんにご挨拶をした。宿泊をさせていただくレジデンス施設は階段を登った2階にあり、持参した7泊8日用のキャリーケースは重く、自分で自分に掛け声をかけながら運んだ。安和さんにお昼を誘っていただき、あがり家で沖縄そばを食べる。別添の軟骨ソーキがとろとろほろほろで特に美味しかった。
その後、レンタサイクルを借りて沖縄をうろうろうろうろ。まずはマンガ倉庫に行った。おもちゃ特化の大型リサイクルショップのようなところで、何が流行っているのかなどを見たが、流行は当たり前のように東京と変わらなかった。そこから浦添基地(キャンプ・キンザー)を横目に国立劇場おきなわへ見学に向かう。沖縄の伝統芸能「組踊」の解説を楽しむ。古典のあらすじはどれも現代ではあまり思いつかないような設定ばかりで面白い。
牧志市場に行く。おやつにてんぷらを食べた。沖縄のてんぷらは衣が分厚く、もちもちとしている。イカともずくのふたつを食べる。そして牧志市場に赴いたお目当てであるアーサ厚焼き玉子ポークおにぎりを食べた。
休憩のために銘苅ベースへ帰宅。流石に食べすぎたため、少し遅めの夜に再出発をする。夜ご飯にA&W(エンダー)を食べる。エンダーとは、湿布の味がするコーラ?のルートビアで有名なあのお店。腹ごなしに歩く。外貨獲得エリアであろう「おもろまち」につく。ここにはハイブランドのお店が入っている商業施設があったりと、東京や自分が在住する千葉で見慣れたような風景がある。TSUTAYAに入る。ここはDVD・CDレンタルを終了したようで、カードゲームのショーケースのみが2階には並んでいた。帰りにスーパーに寄って買い物をする。

アトリエ銘苅ベース
あがり家の沖縄そばと軟骨ソーキ
国立劇場おきなわ


10/31

朝食:ヨーグルト
昼食:タコス(タコス屋)
夕食:チキン(ブエノチキン)
   沖縄ぜんざい(ジョイフル)

前日に買ったヨーグルトを食べる。
この日にようやく、沖縄滞在決定からここまで全ての段取りなどなどのやりとりをさせていただいていた当山彰一さんとご挨拶をした。新垣七奈さんともご挨拶をする。ご厚意で銘苅ベースの見学をする。知ってはいたが、滞在をしている部屋の下には劇場があった。目の前にすることでようやく実感に落とすことができた。感覚としてはアトリエ春風舎よりも3回り以上大きい感覚。特に舞台面が広く、さまざまな上演形態への応用が効きそうな空間だった。もしかしたら春風舎よりも、江原河畔劇場の舞台面の広さと近いのかもしれない。
少し早めのお昼を食べに、タコス屋に行く。タコスヤプレートを頼む。人生で初めてタコライスを食べたかもしれない。美味しかった。春巻きの皮にひき肉とチーズを包んで揚げた料理も美味しかった。タコスのシェルはハード寄りだった。
そして当山さんのご提案で、当山さんが参加される舞台『命こそ宝』の見学をする。この舞台は第57回沖縄タイムス芸術選賞奨励賞受賞者の「有志の会」による作品で、つまりは、その時に賞をもらった人たちで一緒に舞台を作ってみる。という企画。声楽。ダブルピアノ。朗読。日舞&洋舞などなど、ジャンルもりもりの参加メンバーで、沖縄の「時間芸術アベンジャーズ」みたいな感じだった。この日の稽古は初めて全員が集まる日だったらしく、確認に次ぐ確認の中で迫力のあるシーンが乱発されていった。この日の稽古を見学しただけでも、さまざまなことを感じられた。生の音(音楽)ってすごい。個人的なメモが止まらなかった。ただ、いくらアベンジャーズでも、稽古を始める前に「よし稽古しますか……!」って時のワクワクに近いウキウキとしたテンションは自分の感覚と近く、どこか安心したことを覚えている。
この部分のレポートを書くにあたって検索したら、宣伝動画が出てきた。自分も稽古場の端っこに映っている。見つけてほしい。

稽古の帰りに、ブエノチキンを買う。ケンタッキーみたいな揚げられたチキンではなく、しっかり焼かれたチキン。味付けはわかりやすく言うとラーメン二郎っぽいというか、にんにくがてんこ盛り乗っていて、稽古見学前に食べなくてよかったと心から思いながら、強烈な美味しさを楽しんだ。一緒に買った具なしの塩むすびとの相性がいい。そこから滞在する部屋で、終わっていなかった作業をした。その作業の延長でおもろまちに行き、ファミレスのジョイフルで、沖縄ぜんざいを食べながら作業の続きをした。

タコス屋のタコス
ブエノチキン
デジはる。デジはる?

11/1

朝食:ヨーグルト
昼食:イカスミ汁(拓水)
夕食:栄町飲み

この日は、当山さんに連れてっていただき、那覇文化芸術劇場 なはーとの見学に行く。ご厚意でなはーとの中にある小劇場を見学した。劇場内の柱や壁に沖縄の建築の意匠が施されていた。座席は収納することができ、座席だった空間に車を何台も入れたイベントを開催したこともあるらしい。相当自由度が高い。その後、ひめゆりピースホールの見学にも行く。このホールは栄町市場の中に突然存在している。それもそのはずで、

栄町市場はひめゆり学徒隊の母校である「沖縄師範学校女子部(女師)」や「県立第一高等女学校(一高女)」があった場所。この場所にひめゆり平和祈念財団が1967年にひめゆり同窓会館を建て、ひめゆり平和祈念資料館建設活動の拠点となりました。
https://peace-hall.jimdofree.com/より引用

このひめゆりピースホールでは現在も、当時ひめゆり学徒隊だった方々が合唱の練習をされているらしい。
その後、栄町市場にてイカスミ汁を食べる。真っ黒。味はご飯のおかずそのもの。豚肉や大根やイカがごろごろ入ってる汁物だった。余談だが沖縄でご飯屋さんに行くとまれに「ごはん」「おかず」「味噌汁」とだけ書かれたメニューがあったりする。それぞれが定食なので、それだけ頼むと大変なことになる。
その後、新垣さんに勧めていただいた嘉数高台に行く。この高台からは普天間の基地が見える。オスプレイが何台も並んでいた。高台がある公園には沖縄戦当時の銃弾を受けたコンクリの壁があったり、ガマがいくつもあったりと、当時の沖縄と現在の沖縄を色濃く感じることができた。さらに過去の沖縄を知るために首里城にも行った。ご存じの通り首里城は焼失してしまっている。ただ現在は復興工事の模様を生で見ることができる。これは今しか見られないものだろう。
そして、夜に栄町市場で当山さん・安和さんの所属する「劇艶おとな団」の方たちとハシゴ飲みをした。ここでのディープな会話やおとな団の結成談を聞けたことが、沖縄で自分の心を開けたような気がしてとても嬉しかった。

ひめゆりピースホール入口
イカスミ汁
嘉数高台公園から見える普天間飛行場


11/2

朝食:ヨーグルトと前日に栄町で買ったお弁当
昼食:タコス(和タコス)🌺
夕食:ステーキ(やっぱりステーキ)

この日は美ら海水族館に行った。銘苅ベースがある那覇市は沖縄県の南部に属しており、美ら海水族館は北部にある。これがすごく遠い。交通手段にもよるが、70~85km程度離れている。関東の人向けに例えると、東京駅から小田原駅くらいの距離になる。
自分は車の免許が無いため、片道2時間の高速バスに乗り、美ら海水族館まで向かった。旅の中で旅をしてきた。長いバス旅の中、イヤホンをつけて青く広い海岸線を見送っていたところ、突然バスが停車をした。見るからにここは美ら海水族館じゃない。するとバスの乗客はどんどんバスの外に降りていく。最後尾の座席を陣取っていてイヤホンをつけていた自分に疑問が降り積もる。違う行き先に乗ったか?
急いで荷物をまとめてバスに降りたところ、バスのエンジントラブルが起きたようで、ここからは進めないと言われた。輸送用のタクシー呼んだからこれに乗って〜と言われるがままに、輸送用のタクシーへ乗り継ぎ、同じ方面に向かう女性3人グループと相乗りで美ら海水族館に向かった。これが今回の滞在で一番気まずかった。無事に美ら海水族館には着いたが、運転手のおじいさんが事態を把握していなかったのか、普通に料金を請求された。しかし同乗の方が顛末を簡潔に伝えてくれたことで、追加料金を払わずに済んだ。
美ら海水族館は大量の修学旅行生たちに混ざりながら見学をした。一人で来ていることを強く実感した。ヒメイトマキエイが可愛かった。でもそれでよかった。沖縄の北部に来たのは理由がある。それは美ら海水族館ではなく、名護市役所の市庁舎の見学だった。実は今年の6月に沖縄へ訪れているのだが、その際も南部に宿泊しており、往復4時間に怯んでしまい行かなかったことを帰宅してから悔やんでいた。
無事に見学をする。夕焼けを浴びた名護市役所は綺麗だった。花ブロックという沖縄生まれの建築資材が目一杯に光を受けていた。実は、なはーとの小劇場内にある意匠も、県内の民家も花ブロックを使用している。名護市役所は建て替えの方針が検討されており、もしかしたら次にきた時には見られないかもしれない。と思いながら見学をしていた。
名護市役所から銘苅ベースに戻るためのバスが来るまでのあいだ、お昼を食べていないことに気づき、マップでご飯屋さんを調べた。すると名護市役所からあまり遠くない距離にタコス屋さんが見つかった。和(かず)タコスというお店で、看板メニューはそのまま「和タコス」。いわゆる普通のタコスの中にご飯が入っている感じ。シェルはソフトなものを揚げたような感じで、ライスボールみたいな食感だった。「ま、テイクアウトしてバスで食べるか〜」とノリで決めたご飯だったが、これが沖縄滞在中で一番美味しく、何よりも感動した食事だった。あったかいうちに一口食べておくか、とバス停でひと口目を食べ始めたが最後、美味しさにすぐに完食してしまった。

美ら海水族館付近の海
名護市庁舎
名護市庁舎


11/3

朝食:ヨーグルト
昼食:ポークたまご定食とちゃんぽん(のりちゃん)
おやつ:アイスコーヒーとクリームブリュレ(Minsa Cafe)
夕食:フルーツハンバーガー&泡盛コーヒー(LITOR)

当山さんに連れていただき、那覇市ぶんかてんぶす館と、壺屋演劇場かさねを見学した。てんぶすではこの日、よしもとのお笑いライブが昼と夜にあった。沖縄芸人vs大阪芸人のような触れ込みだった。かさねで行われるイベントは、演劇よりも大喜利イベントやお笑いライブが多いらしく、当山さんから沖縄の芸人さんの事務所事情などを伺った。沖縄の芸能や芸人事情を少しだけ垣間見た気がする。
お昼に食堂に入りポークたまご定食を食べる。”ぽーたま”とは、おにぎらずのようなサンドイッチおにぎりだと思っていたが、定食の方がポピュラーなんだと思う。マームとジプシー『Light house』の中で出てきたことを思い出した。この滞在中に両方食べたが、おにぎらずよりも定食の方が好みだった。当山さんが注文した沖縄ちゃんぽんも分けてもらった。いわゆるあのちゃんぽんとは違い、ちゃんぷるがご飯に乗っているみたいなご飯料理で、これも美味しかった。
その後銘苅ベースに戻り、沖縄から北海道へシアターホームステイに行った片山英紀さんと共に、当山さんからインタビューを受ける。
夕方から再度てんぶすに向かい、よしもとお笑いライブの夜ステージを観た。金属バットが最高に面白かった。てんぶすは国際通りのちょうど真ん中あたりにあり、終演後に外に出ると夜の街としての活気がすごく、楽しくなりニコニコしてしまった。居酒屋の前でエイサーを踊っている人がいたりと歩く人の全員が盛り上がっていたように見えた。夜ご飯はおすすめいただいたフルーツハンバーガー屋さんに行った。珈琲泡盛も飲んだ。なはーとの近くにあるので是非行ってほしい。

てんぶすで観たお笑いライブ
国際通りの活気
フルーツハンバーガー

11/4

朝食:ヨーグルトとサラダ
昼食:麩ちゃんぷる定食(あかね食堂)
おやつ:ミニワッフルと珈琲(珈琲待夢)
夕食:サラダチキンとおにぎり

午前中に作業をする。この日は、昼過ぎに食堂へ行った。漫画みたいな山盛りのご飯がセットになった麩ちゃんぷるを食べる。よく旅先で家庭的な味に飢えることは多い気がするが、沖縄ではあまりなかったなと感じる。食堂のありがたさをそこで感じる。その後、作業の続きをしに喫茶店に行く。
そして沖縄県立博物館・美術館(おきみゅー)に行った。常設展と特別展の量がとんでもない。ボリュームに圧倒されて全てを周ることは厳しかったが、どれも面白かった。作業ばかりの1日だった。店員さん以外とは話さなかったかもしれない。

麩ちゃんぷる定食。これにちっちゃい沖縄そばがついた
おもろまち駅周辺の雰囲気
おきみゅーの入り口あたり

11/5

朝食:ヨーグルト
昼食:つけ麺(夢ノ弥)
夕食:居酒屋(ちぬまん)

昼過ぎに次回公演のスタッフさんとのミーティングに参加する。その後、古島駅から自転車を借りて、昼ごはんを途中のラーメン屋さんで食べたり、お天気雨に遭いながらも赤嶺駅まで行った。沖縄の地理感をダイレクトに掴めたのがこの日だった。沖縄に来た観光客っぽい行動を徹底してみようと思い、国際通りにある島唄ライブが実施される居酒屋に行く。その後、次の日に帰宅するためお土産も買ったりした。お土産を選んでいる最中、この旅が終わることを実感した。「東京や千葉と、距離としても感覚としてもここから離れているんだな〜。そこをまた埋めるのか〜。」この日は昨日の孤独さから少しホームシックになっていた部分もあり、帰るのが嬉しいところもある。ただ帰るのか……。この「……」は、何を示しているのかはわからないが、そういう風に感じた。難しい。後ろ髪は引かれている。

波の上ビーチを上から見た
赤嶺駅で滞在最後の夕焼けを見た
沖縄県営鉄道(ケービン)イメージ模型

11/6

朝食:無し
昼食:ゴーヤーチャンプルー定食(のりちゃん)
夕食:自宅

朝、帰宅の準備をした。ここまで大変お世話になった当山さんと安和さんに挨拶をすることができた。最後に沖縄の雰囲気を感じたいと思い、3日の昼に行った食堂で、ゴーヤーチャンプルー定食を食べる。そういえば滞在中にゴーヤーを食べるのは、この滞在中初めてだった。こんなベタな体験が初めてだったことに驚く。驚いたのも、それだけ長く沖縄に滞在をしたからかもしれない。空港でお土産を買い漁る。帰りの便が、スターウォーズコラボの飛行機だった。ファンだったら嬉しいのかもしれない。スターツアーズのようにルートが分岐してしまうのかと恐れたが、無事に羽田空港へ到着。機内で見た『マイ・エレメント』が面白かった。

神里雄大さんの『+51 アビアシオン,サンボルハ』を読んだ
滞在させていただいたお部屋
沖縄最後のご飯


これで沖縄滞在7泊8日の日記は終わりです。

実は創作に還元するため、
ざっくりと沖縄へ行く目的を細分化していました。
・リラックス
・インスピレーション
・歴史体験
・孤独になる
主にこの4本柱で考えていました。
お読みいただいた中で書いたのは主にこの4本柱の部分です。
個人的には無事達成できたと思います。

今回の期間は、生活が始まる手前で帰ったような感じでした。あと一週間ほど滞在していたら”生活”がスタートしていたかもしれないです。銘苅ベースの設備が整っていることに加えて、滞在した古島駅周辺が栄えていたことが大きく、まったく不便はありませんでした。ちょっと歩けば国際通りにも行けました。ただ、沖縄滞在中にメルカリが売れてしまうと少し焦るので、長期で旅行などに行く際は気をつけましょう。
シアターホームステイの名の如く、アトリエ銘苅ベースの2階にはレジデンス施設があり、7泊の生活を劇場の上で過ごしました。夜には1階の劇場での稽古をしている音や声が聞こえてきたりと、劇場に泊まっている感覚を覚えられたり、沖縄という土地に加えて、劇場に泊まれちゃう経験ができたのは、レアな体験だったと思います。また、日記中に挙げた劇場以外にも那覇市には劇場やホールが多数存在しています。密集度で言うと東京の大都心部と近いものがあると思います。自分の住む千葉県には劇場がほとんどなく、心から羨ましく感じました。

今回のご縁を作っていただいた全国小劇場ネットワークの皆様、特に、推薦をいただたいた岸本さん、滞在中のコーディネートをしてくださった当山さんと安和さんに感謝しています。

書いた日記は一部です。他にもまだまだ体験したことや省いた感情などがあるので、もし会ったときは気軽に尋ねてくれると嬉しいです。

お読みいただきありがとうございました。


【おまけ】

行ったところをざっくりとマップにまとめました。
美ら海水族館の遠さを感じてください。


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三橋亮太|Mitsuhashi Ryota
お読みいただきありがとうございました。