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いつか見ていた世界

実家を片付けていたら、兄が子どもの頃に描いた絵が出てきた。
きっと小学校の図工の時間に描いたものだろう。

いつも遊びに行っていた、伯母の家の縁側から見た風景だった。
材木工場と、スーパーの看板と、駅前にあったデパート。
地元の小さな街の、かつてランドマークだった建物たち。
何か賞をもらったようで、右上のほうに赤い短冊みたいな紙が貼られていた。
子どもながらによく描けていて、やるなぁ兄、と思った。
兄は頭が良くて面白くて、何でもできる人だったけれど、絵も上手かったとはズルい。


実家の断捨離の真っ最中で、色んなものをいる、いらないで容赦なく仕分けしまくっているが、その絵は「いらない」行きにはどうしてもできなかった。

今はもう見ることができないが、確かにそこにあった世界。
隣で作業している夫は、現在の街の様子しか知らないので、昔こうだったんだよと言ってもピンとこないみたいだ。そりゃそうだ。

街は様変わりし、その景色の思い出を共有できる人たちは、年を重ねてだんだん少なくなってしまった。

描いた当人である兄も今はもう亡く、夫は私の兄を知らない。

かつてそこにあった風景と、その場所を描きたかった少年がいた。
その証を、私が生きている間だけでもこの世界に取っておきたいと思う。






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