書評:『花園メリーゴーランド』(柏木ハルコ)
『サピエンス全史』で昔の狩猟採取民の話を書いていたら、この本を紹介されたので、(本かと思ったら漫画なのですが)読んで見ました。真面目なエロい本だと思いました。
人間の歴史上、一夫一妻の歴史は短いです(明治時代以後、福沢諭吉先生の『学問のすすめ』ぐらいからでしょう)。だからと言って、一夫多妻かというとそうでもなくて、多夫多妻というn対nという社会構造が歴史的には長かったようです。
この本で描かれるのは、その江戸時代以前から続く旧来的なコミュニティで、15歳成人、地域社会による実習性教育、n対nの性生活の常識、を実装したムラのお話です。ある中3男子がそこに紛れ込むという抜群の設定で、物語は語られます。
ある見方をすればただの官能小説、ある見方をすれば民俗学、またある見方をすれば人間の長い歴史と常識のもろさとを抱合する哲学構成の元と、俗にも、学問的にも捉えられる面白い漫画だと思いました。話が結構深いですね。
ここに描かれる社会は、2018年現在の常識から考えるとおかしな地域社会です。しかし、そういう時代感を取り除いて、少子高齢化で滅びつつある日本という国を見て考えた場合、何が正しいのか、考えさせるものであり、いわゆる人間の考えた虚構である常識のもろさと諸行無常さを思い起こさせるものであります。
その楽しい内容は、kindleで第1巻が無料で出てますので、読んで頂くのが早いとして、少子高齢化対策としてのn対nコミュニティに関する感想を改めて書いてみようと思います。
仮にこのような社会を「花園メリーゴーランド社会」と呼ぶとして、この社会が実現した場合の特徴を出しますと、出生率は高そうです。第一子をうむ年齢が若いことも、兄弟が多くなることも、特筆すべきところでしょう。一方の問題は、児童福祉法的な児童保護の観点です。現代の規範からすると、明らかに人権違反になりそうなので、児童の許諾をどうとるのか、また、子供がこの社会から確実に逃げ出す手段を作る必要がありそうです。
「花園メリーゴーランド社会」は幸せか、不幸か、という話は、どちらとも取れると思います。無駄な悩みは無くなりそうな気もしますし、家族は増えて楽しいでしょうし、不妊治療は減るでしょうし、子供も地域社会で育てるので狭い意味でも児童虐待は減るでしょう。また、売春などの犯罪がなくなる気もします(正確にいうと、成り立たなくなる)。夫婦の仲の離婚も特に必要なくなりそうです。ただ、民俗学的には、「夜這い」が是認されている地域社会における無駄も指摘されているそうで(「あとがき」にあります)、一概には良い悪いが定められません。
古い話では、ローマ帝国の初代皇帝アウグストスが姦通法を作り、浮気を禁止しました(その父のユリウス・カエサルは、姦通ばかりしていた人ではありますが・・・)。その目的は、ローマの人口問題の解決でした。全く、逆の施策で少子化に取り組んだのがアウグストスということで、なんとも言えない微妙な政策になるんだなと思いました(そして、当のアウグストスは血の繋がった後継を作ろうと奔走して、結局、失敗します)。
今、政策として、乱行特区を作るとすれば、ちょっと昭和の時代に引き戻す気がして、微妙な政策になってしまうと思います。少子高齢化に効果はあるかもしれませんが、児童保護をちゃんとやらないと、かなり微妙なことになりそうです。
現代の日本においては当然のこととされている一夫一妻ですが、視野を広げてみると、当然なことでもないのだろうなと思うし、そうでない社会を作ったとしても、その社会が閉じていれば、それはそれで成り立つのだ、ということがよくわかる色々考えさせれる作品でした。