書評:『ユリウス・カエサル ルビコン以後──ローマ人の物語[電子版]V』(塩野 七生)
或る女たらしは、偉大なる政治家になった。
ルビコン川を渡ったカエサルは、軍事的才能に富むポンペイウスの不意を付き、軍隊を連れて、ルビコン川を超え、ローマに向かう。
不意は突かれても、ポンペイウスも戦略家なので、大戦略を描く。ポンペイウスは、豊かなギリシア・シリア・エジプト・アフリカを背景に、大量の財力と群で、カエサルのイタリア・フランス・スペインと土地の痩せた西欧との対決を狙う。軍事的には、ポンペイウスの有利である。
しかし、イタリアはローマの首都であり、政治の中心は、カエサルに期す。カエサルは、政治を牛耳り、スペインを制服し、ポンペイウスの軍が集結する決戦の地、ギリシアに向かう。
軍勢が多いのはポンペイウス。土木のカエサルは、寡兵での包囲戦を敵の補給基地の近くでやって、負ける。そして、ポンペイウスの同盟相手を打つと見せかけ、別の地方に敵軍の全てをおびき出す。この戦闘で初めて勝つ(なんのことはない、カエサルは精鋭を連れており、敵は自軍の二倍だが新兵中心。精鋭が強くて、勝っただけである。騎馬隊を止めたのは見事だが)。
ポンペイウスはエジプトに逃げ、エジプトの王族に殺される。カエサルは悲しむ。ローマの内乱は終わる。
カエサルの凱旋式が派手に行う。彼の借金もなくなっていたが、金遣いは荒い。荒いが、民衆のために使うので人気がある。また、部下の扱い方も見事である。カエサルの騎兵団の凱旋式で叫んだ言葉は、次の通りである。
「市民たちよ、女房を隠せ。ハゲの女たらしのお出ましだ!」
カエサルも抗議はしたものの受け入れられず、そのまま放置されというのだから、部下とカエサルの関係がよくわかる。
そして、カエサルは、権力を全て握る。カエサルは今までの政敵をほぼ全部許す。「寛容」を旨として、ローマの政治に取り組む。主に、属国と本国に違いをもたらさない政治を行い、ローマの政治を広く解放し、幅広い人材を登用する。ただ、それが、一部の既得権益層のエリートには癪に触る。ラテン語も怪しい属国の有能者が、元老院に入ってきたのだから、プライドが傷つく。
カエサルは、元老院議員と盟約を結び、親衛隊を解散する。
そして、先の見えないおバカな三人組に暗殺される。
おバカな三人組は、カエサル暗殺の後を全く考えずにカエサルを殺す。カエサルの遺言書には、消化器の弱い18歳の名前が上がる。消化器の弱い18歳は果敢に戦い、カエサルの腹心だった武力のアントニウスと結び、また対立するようになる。
財力のあるエジプトの女王クレオパトラは、カエサルの愛人だったが、カエサルの跡継ぎとしては、無視される。彼女は、アントニウスを言葉通り抱き込み、ギリシアでの決戦に持ち込む。クレオパトラはまさに戦争や戦闘を知らないのに下手な口出しをし、敵前逃亡をする。アントニウスもそれを追い、軍が滅茶苦茶になり、大敗。女にうつつを抜かす、である(戦闘に慣れた女王であればよかったのだろうが、経験のない素人は困る)。最終的には、エジプトでアントニウスが打たれ、クレオパトラは捕まり、財宝豊かなエジプトの王国は滅びる。
と、この巻は面白い。
カエサル評を最後に書くと、塩野さんも書いているが、この人は政略家である。戦略や戦術も強いが、超一流ではない。戦闘に強いのは、
(1)主に工学や土木をうまく活用した
(2)精鋭部隊の忠誠をうまく惹きつけた
(3)相手の情報をよくとった
(4)戦場経験が豊かだった、
ぐらいで、天才的なものではない。ただ、それを天才的に見せることがうまかった。模倣の対象にして良いものだろう。
一方、政治の方は超一流で、
(1)民衆の支持を得ること
(2)攻撃対象を間違えないこと
(3)同盟の相手を間違えないこと
(4)改革すべき課題を間違えないこと
(5)人材登用・評価
の全てで素晴らしい。特に、武力の副官アントニウスに一時期ローマの政治を任せるが、ダメだと見切って、以後、二度と重要な政治的な任せない、という人を見る眼は素晴らしいと思う。こちらは天才的で、凡人が女たらしから真似してもうまくいかないと思う。
カエサルの人生を振り返ることは、政治とはなんたるか、を理解する上で非常に役に立つと思う。政治家を目指すものにとっては、私のへぼい文章ではなく、ぜひ、塩野さんの文章をしっかり読むのが、大事であろうと思った。