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ピアノの思い出~中山七里『さよならドビュッシー』を読んで~
好きな作曲家をひとり挙げるなら、ドビュッシーだ。
ピアノと向き合った時間も、音楽について学んだ時間も、決して多くはない私が、そんなことを言うのはおこがましい。とは思うのだが…。
高校に入学して、幼稚園から続けていたピアノをまだ続けるかどうかを悩みだした頃。それでも楽しんで弾いていた曲は、みんなドビュッシーの手によるものだった。
結局、大学受験を前に私はピアノをやめて、それ以来ほとんど触っていない。私にピアノを始めさせた母が、75を過ぎた今も毎日鍵盤に触っているのとは大違いである。
大学生になって。私と芸術との接点は、音楽から美術に変わっていった。
大学の講義の合間に、ちょくちょく美術館へ足を運ぶようになった。
そしてドビュッシーの世界と共通する色彩を感じて、モネの画を好きになった。
そんな”あの頃”の私とリンクするような主人公が現れた。
才能も情熱も、私などは足下にもおよばないけれど、「もうひとりの私」を見るような不思議な気持ちでページを捲った。
そして、鍵盤を駆け上がる手のスピードを制御できなくなるように、頁を捲る指を止められずに一気に読了した。
とにかく、演奏描写の威力が凄い。
なぜ自分はピアノをやめたのか…久々にピアノを触りたい、大好きなドビュッシーを弾きたい、と、読んでいて胸が苦しくなった。
”あの頃”に、演奏技術の向上訓練だけではなく、楽曲や作家の謎を解き理解を深める勉強をもう少ししていたら、まだ私はピアノを続けていたかもしれない…と夢想した。
たぶん、しばらくは、シューラ・チェルカスキーのCDで、ドビュッシーを繰り返し聴いて過ごす事になりそうだ。
この人のドビュッシーが聞きたくて、いつも自分の好みでコンサートを選ぶ母に、初めて「来日公演のチケットを買ってくれ」とねだったのだった。
最後にミステリとしての本書の事を書いておこうと思う。
スリリングで、私好みの要素やトリックが入っていて、展開を楽しめた。
何より、探偵役のピアニスト・岬先生がとても魅力的だ。
ドラマの原作などで、中山七里氏のお名前は知っていたけれど、本を手に取ってみたことはなかったと思う。
…悔やまれる。
全作読破したい作家さんがまた増えた。
クラッシックを聞きながら、1冊1冊、楽しみたい。
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