【シナリオ】「押しかけコーチ」
〈人物〉
沢渡薫(28)女優
林晃(26)研修医
神田良二(26)劇場スタッフ
畑中則人(38)大道具
◯月影劇場・場内
天井に、月を象ったステンドグラス。
赤い絨毯、大理石と彫刻の壁、豪華な緞帳。
クラシック調のBGM。
すらりとしたパンツ姿の沢渡薫(28)が、天井を見上げる。
薫「わぁ…すご…お城みたい」
薫、バッグからスマホを取り出し、場内を撮影しだす。
× × ×
赤いシートに座り、チラシの束を捲っている薫。
スーツ姿の林晃(26)が席の脇に立つ。
林、手元のチケットとスマホを見直す。
顔を上げる薫。
林、スマホと薫を見比べながら、
林「あの…ミハルさん、じゃないですよね?」
薫「はい?」
林「失礼ですが、席、違いませんか?」
薫、バッグからチケットを取り出す。
薫「あ! やだ、全然違う!
ごめんなさい、今どきます」
薫、立ち上がりかけ、チラシの束を落す。
薫「あ!」
薫、屈んでチラシを拾い出す。BGM止む。ベルの音。
アナウンス「間もなく、開演でございます」
チラシを手に慌てて立ち上がる薫を、林が止める。
林「もう、いいです、どかなくて」
薫「え、でも…」
林、スマホの画面を薫に向けながら、
林「今、その席、空いたんで」
林、薫の隣の席に座ると、がくりと肩を落す。
◯同・ラウンジ(夜)
夜景の見えるラウンジで談笑する客達。
両手に紙コップを持った薫、林の座る猫脚ソファに笑顔で近づく。
薫「すみません、林さん。良い席を頂いちゃって」
林、スマホを膝に置き、コップを1つ受け取る。
林「沢渡さん、でしたっけ。
齧りつくように見てましたね…」
薫「薫でいいですよ。私、駆け出しの役者なの」
薫、林の隣に座る。
林「女優さんでしたか…」
薫「そう。この月影劇場みたいな所に出るのが、夢でね」
薫、壁のレリーフや豪華なシャンデリアを見回す。
薫「今日、稽古場でチケット貰って、飛んで来ちゃった」
薫、林の方に体を向け、
薫「ね、彼女、なんで来られなかったの?」
林「彼女、と言いますか…」
林、スマホを取り上げて画面を見る。
隣から覗き込む薫。
薫「フェアリーズ…って、出会い系アプリ?!」
林「ちょっと! せめて婚活って言って下さい!」
顔を真っ赤にする林。
◯同・ロビー(夜)
薫、大理石の円柱や壁一面に飾られたアレンジ花を眺めながら、
薫「何も、初デートで、こんなハードル高い所に来なくても」
林「慣れてる所なら、って。
…ここ、友人が勤めてて」
薫「や、ナイでしょー。
林さん、女心をわかってないなー」
薫、腰に手を当てて大きく首を振る。
薫「林さん、プロフ写真もイケてないし。
いっそ、今ここで、SNS映えするの撮ったら?」
薫、スマホを構える。
林「ちょっと、やめて下さい」
避けようとする林。
黒いスーツの神田良二(26)が小走りに寄って来る。
林「神田? あ、沢渡さん、これ、僕の友人で…」
薫「あぁ! こんばんは」
薫、神田に笑顔を向ける。
神田、薫に軽く会釈すると、小声で
神田「晃、お前医者だろ、ちょっと来てくれ」
◯同・楽屋・中
舞台出入口付近の、人が行き交う通路。
衣装らしき服装の畑中則人(38)が、スチール椅子にかけて左足を押さえている。
薫「やだ大変! 役者さん?」
薫、手に口を当てる。
畑中が薫を見上げて首を振る。
畑中「いや、大道具。この後、明転で出るんだ」
林、畑中の足元にしゃがみこむと、そっと足を触る。
林「折ってはないですね…冷やして、固定すれば」
神田「なんか持ってないの?
晃、お前、医者だろ」
林「無茶言うなよ、内科の研修医に」
薫「あの…私、テーピングなら一式…」
薫、バッグをゴソゴソと探る。
◯同・客席外・中扉前
赤い扉の前に立ち、凝った形の覗き窓から場内を覗く薫。
林「だいぶ遅れちゃいまいましたね」
薫「…あ、転換。
よかった、大道具さん、ちゃんと歩いてる」
林も窓から覗き込む。
うなずいて、微笑み合う二人。
◯同・ロビー(夜)
場内から拍手。劇場スタッフが扉を開ける。
次々に出てくる客達。
× × ×
神田「今日は助かりました。これ、御礼です」
神田、薫に「月影劇場」と書かれたチケット袋を差し出す。
薫、林を振り返り、
薫「一緒に、来ましょ?」
林「いえ、僕は。
もっと誰か、楽しいお友達とどうぞ」
薫「こじらせてるなー。私達、もう、友達でしょ」
薫、林にチケットを1枚渡そうとする。
林「友達?!」
薫「友達が嫌なら、コーチでどう? 婚活の」
林「何ですか、婚活のコーチって…」
林、赤くなりながら怪訝そうに眉を寄せる。
薫「婚活って、要はオーディションでしょ?
アピールよ、アピール。
林さん、ブレーンが必要なんじゃない?」
薫、林の顔の前で、チケットをひらひらと揺らす。
東京アラートの解除を記念して? 過去のシナリオに手を入れたものを…これまた、かなり恥ずかしい習作です。
「長編ドラマの冒頭~出会いを描く~」というお題。
*まったく知らない2人の人間が、初めて出会うこと(再会不可)。
*カメラ映えする場であること。
*2人のプロフィール、人となりがわかること。
という縛りがありました。
当時、”徂徠豆腐”中で地味な暮らしをしていた私。
華のあるロケ地として思いついたのは、美術館と劇場だけでした。
さて、都の営業自粛解除は、ステップ2から3へと移行。
すでに劇場は、営業再開を許可されていますが…ひとつの公演・舞台を作り上げるために、どれだけの人の手と時間がかかっていることか。
「解除です」
「じゃぁ明日から」
とは行かない世界です。
この夏、もとの、お芝居やミュージカルを当たり前に楽しめる世界に、どれだけ近づくことができるでしょうか。
一度止めてしまった歯車を動かすために、必要なエネルギーの大きさ。
それに見合った保証や援助がもたらされ、劇場にふたたび夢があふれ、演者&作り手の方々が前に進み続けられることを、心から願います。
こんな状況だからこそ、心をロックダウンしない★ サポート(創作系の勉強に使います!)も嬉しいですが「スキ」やシェアが励ましエネルギーになります♡ 応援よろしくお願いしますっm(_ _)m❤︎