徒然 #06
『お酒とタバコは20歳から』
お酒に全くと言っていいほど耐性のないわたしは、お酒は関係ないなぁと昔から思っていた。
飲めそうな見た目というだけでお酒を斡旋されることも多く、ウーロン茶をウーロンハイだといって乗り切ったこともある。
そもそも両親ともお酒を嗜む人ではなく(特別な日に少し、という感じ)、家にお酒があるということがない家だった。
なので、お酒自体、馴染みがないものでもあったな。
タバコについては、父がヘビースモーカーだったので常に家にあるものという認識。
当時はこどももタバコを買えたので、父に頼まれるおつかいといえばタバコを買うこと。灰皿は父が座った場所すぐ横の床が定位置。わたしはそのおかげで、大食漢だった幼い頃(今も変わらんか)(うるせえな)お腹がすいてタバコの灰まで食べていた、というおもしろデンジャーストーリーまで持っている。
ありがとな!!!
ちゃんと管理しろ!!!
タバコの匂いは父の匂いでもあったし、もっと言えば家の匂いでもあった。今思うと少し不憫な気もするけれども、嫌いな匂いではなかったのだった。
むしろ、わたしには安心の匂いだった。
とはいえ、ヘビースモーカーがいる家というのはもちろん弊害がある。うちの襖や電気のカサは、とんでもなく変色していた。
わたしが大事にしていた大きなしろくまのぬいぐるみは、“しろくま”と呼ぶにはあまりに無理があり、“元しろくま”というのが相応しかった。
引っ越すにあたりこのしろくまちゃんをはじめとするぬいぐるみを処分するとなった時、わたしはぬいぐるみたちを枕元で一同に介し、
かわるがわる抱きしめては、回収の日まで誰にも知られぬよう布団の中でこっそり泣いていた。
んーー
なんかここんとこすぐ話が脱線するなぁ。
その話はまた今度。
小学6年生のとき(担任の先生の顔で学年を覚えているのだけれど、6年の担任の先生は4年の時も担任して下さったので、4年かもしれない。今でもずっと好きな先生。お元気かな)、
父はタバコをやめた。
毎日1箱で収まっていたかどうかわからぬほどのヘビースモーカーが、ピタっとタバコをやめた。
理由は単純で、とあることへの願掛けだった。
母に腫瘍が見つかり、悪性のものであることがわかったからだ。
要するに、ガンが見つかった。
幸い、発見が早期だったため、切除することで問題はない、という診断であった。が、手術や検査のために、2週間ほど入院することになった。
この一連の話をわたしたち姉妹にするため、
とある日曜日に連れ出された、と思う。
普段、わたしたちが喧嘩をすると面倒だからと、1人ずつしか連れて歩かなかった父が、2人とも外に連れ出すことは珍しかった。
いつも向かわない方向へ歩きながら、実はな…と先述の話をした。わたしはお母さんがいなくなったらどうしよう…と不安に駆られ、心拍が上がったのを覚えている。
着いた先は近所の小さな神社で、そのままお参りをした。
父は長い時間、両目を閉じて祈っていた。
この時の話を妹とするとき、いつも彼女は
『神社行くまでいつものしょーもない嘘やと思ってた、全然信じてなかった』と言う。
そう、わたしの父は嘘つきのオオカミ少年ならぬ、オオカミおじさんなのだ。
もうホントやだ。
とにかく、嘘を真実のように話す癖がある。
マジで厄介すぎる。
ここ数年は、ネットの情報をあたかも自分の目で見てきたかのように話す癖もある。
ただすごいのは(いやすごかないんだけど)まるで真実のように話すせいで、聞き終わるころには嘘とわかっていながらも、え、もしかして今回は本当なのかな…と思わされてしまうこと。
話術がエグい。
んーーーまーた話が逸れちゃったな。
ま、そんなわけだったのだけれど、母の病気は本当で、入院、手術を経てその後は再発することもなく元気になった。本当によかった。
父の禁煙の願掛けは、
『お母さんの病気が完治する』ためのものだった。
“俺がタバコを吸ったら、お母さんは助からないと思ってる”
と、確かに父は、当時のわたしに言った。
ねぇ、、、重すぎるよ。可哀想すぎるだろーがよ、当時のわたしがぁ。
しかし本当に父はそれから1本もタバコを吸っていない。本当に吸っていない。
吸いたいと言ったこともないんじゃないかな。
オオカミおじさん、本気出した。
嘘じゃなかった。愛だった。
父は残ったタバコを何年も何年も放置し続けていた。もしもあれを捨てていれば、わたしはきっと今タバコを吸っていない。
中学2年生のとき、部活を休部していて、夏休みを持て余して家に引きこもっていたわたしは、つまめるほどに埃がたまったマイルドセブンをベランダに持っていって火をつけた。
何かの漫画で、肺に煙を入れないことをバカにされていた描写があって、ふかすことはダサいことだと思っていたのもあり、1発目から深く吸い込もうとして、あえなく撃沈した。
口の中の不快感、煙に咽せて咳は出るわ目にしみるわ、とにかく全部が苦しくて涙が止まらなかった。
(((⚪︎ぬ……!!こんなことを毎日ずっとしていたお父さんは、いや世の喫煙者は、全員頭がおかしい!!!狂っている!!!タバコがうまいなんて話はおとぎ話や!!!大人の嘘つき!!!もーーーやめとけばよかった!!!)))
((((嘘つきの大人は全員⚪︎ね……!!!!))))
…
そこから十数年、わたしは立派な喫煙者になった。(笑)
気分転換、ストレス解消、口寂しさ、手持ち無沙汰、理由は色々あるけれど、結局わたしは、
懐かしさに囚われている。
風が吹けば壊れそうな、小さい小さい木造2階建ての古い家。雑魚寝で寝るしかない狭さ、プライバシーなんてあったもんじゃなかった。
脱衣所は台所、窓の鍵はネジ式で、ベランダの柵はもうひと押しで間違いなく下に落ちるであろう劣化具合。
それでも、赤い門が可愛くて、裏に小さな庭があった。玄関の植木鉢の後ろに合鍵を隠しているーーー
あの家、あの時、あの空気が、懐かしくて仕方ないのだと思う。
初めてタバコを吸って苦しさで泣いてあえいでいたあの時ですら、手に残ったタバコの匂いが懐かしくってたまらなかった。たった2、3年前の匂いが懐かしかったのだ。
先日、巻きタバコについて教えてもらう素敵な機会があり、今後はこちらにも手を出してみようと思っている。
電子タバコも捨てたものではないと知った。
もちろん、紙タバコは常に持っておく。
230円でマイルドセブンが買えていたことなど、夢のまた夢のようなこの時代だけれども、これからも高額納税をしながら、ふとしたときに懐かしさに浸るんだろうな、と思う。
そこに確かにあった家族のあたたかい空気を、わたしはずっと忘れないでいたい。
大好きだったあの家も、しろくまちゃんも、タバコの匂いのする父の膝の上でうたた寝したことも、全部覚えていたい。
そして
この幸福な記憶と気持ちを今に繋げて、
今度はわたしから、忘れないでいたいと思える記憶をつくりたい。
タバコの匂いでなくていいから、安心と幸福な記憶を、新たにわたしから作っていきたいのだ。
吸い過ぎには注意して。。。