見出し画像

Ha-ha-ha-ha Halloween Night! の二次創作小説

 彼女とは、幼馴染だった。

 物心がついたときから、彼女と一緒にいることが多かった。小学生、中学生、高校生。成長につれて、わざわざ遊びに出かけるようなことは少なくなっていった。それでも、私たちには毎日のように顔を合わせる時間があった。毎朝一緒に学校へ向かうのが習慣になっていたからだ。別々のクラスである私たちは、互いのクラスであった出来事を話して笑いあった。他愛もない雑談。そんな日常の風景。

 この習慣は、彼女による提案だった。――せっかく同じ方向なんだしさ、明日一緒に登校しようよ。そんな軽い感じで始まった。それがまた明日、また明日、と繰り返していくうちに、自然と一緒に登校することが当たり前になっていた。そのくせ、言い出しっぺの彼女はしょっちゅう待ち合わせに遅刻した。はじめこそ心配になったものだが、なんてことはない、彼女は朝が苦手なのだった。しばらく待っても彼女が現れない日は、勝手に登校することにしていた。その日も、彼女は待ち合わせ時間に来ることはなかった。よくあることだ。

 私は登校しながら、気が早いことに、もう放課後のことを考えていた。というのも、彼女が遅刻した日は、そのお詫びのしるしとして放課後にスイーツをおごってもらうことが決まりごとのようになっていたからだ。遅刻魔の彼女にも、一応「申し訳ない」という気持ちはあるようだ。あるいは、単にお菓子が食べたいだけか。彼女は特にクッキーが好きだったようで、よく分けて貰っていた。

 通学路を進む。その途中の角に、小さなカフェがある。10月も後半に差し掛かったこの季節、店内はハロウィンの装飾で賑やかだった。私はこの店で、彼女と一緒に期間限定パンプキンパフェを初めて食べた日のことをよく覚えている。衝撃的に美味しかった。それ以来、毎年ハロウィンの時期の遅刻は、放課後、一緒にパンプキンパフェを食べに行くことを意味するのだ。今日はここで決まりだな。そんなことを思いながら、ちょっと心を躍らせて、一人で学校へ向かった。

 学校に着く。授業が始まる。いつも通りの一日だった。先生が青白い顔をして私を呼び出すまでは。

 彼女が、交通事故に遭ったと伝えられた。

 即死だったそうだ。

 目の前が真っ暗になるような感覚だった。楽しみだったはずの放課後。あのカフェの角に、警察車両が押し寄せていた。視界がぐにゃりと曲がる。その後、どのように家に帰ったのかは覚えていない。


 それから、数年が経った。就職して、地元を離れ、小さなアパートで一人暮らしを始めた。彼女のことは、努めて忘れようとした。そうしなければ、私は私を保っていられなかったからだ。それでも時折、強烈な後悔の念が押し寄せる。私はその度に打ちひしがれるような思いをした。彼女にもう一回会えたなら。そんな叶わない思いは心の奥底に封印して、決して触れられないようにしたかった。

 「とりっくおあとりーと!」あるハロウィンの晩、子どもたちの声が響いた。どうやら、このアパートは近所のいたずらっ子の格好の餌食らしい。準備は万端だ。今年は、事前にハロウィン用のお菓子パックを買っておいた。訪れた子ども一人ひとりに、その中から一つ、ランダムにお菓子を渡してあげる。子どもたちは、お菓子を貰うが早いか次のターゲットの部屋へ駆け出す。その後ろ姿を見送った。

 お菓子パックの中身もほとんどすっからかんになった頃には夜も更け、私は静かに眠りについた。


 目を開くと、全く見覚えのない景色に放り出されていた。……ここはどこだろう? 起き上がろうとすると、体が少し軽いような違和感を覚えた。あたりに光源はなく、月明かりだけが頼りだ。やがて暗闇に目が慣れてくると、数メートル離れたところに、これ見よがしにランタンが置いてあることに気づいた。それを拾い上げて訝しくのぞき込むと、表面のガラスが自分の姿を映し出した。すぐに、先ほどの違和感の正体が判った。私は、高校生の頃の姿になっていた。ひどく混乱した。

 次の瞬間、ひとりでにランタンに灯がともった。風に吹かれ、巨木の葉がざあざあと鳴り始める。亡霊の腕の様に入り組んだ枝が、私を手招いているようにも見えた。行く当てはないが、ここでぼーっとしてても仕方がない。気を取り直して、とりあえず、歩き始めることにした。

 しばらく進むと、洋館が見えてきた。しめた、誰かいるかもしれない。助けを乞おう。しかし、人がいる気配はまるでしなかった。

「すみませーん! 誰かいませんか?」「道に迷ってしまって……困っているんです」

 ドアに手をかけると、すんなりと開いた。ここは空き家なのだろうか? 外は暗闇だし、かなり肌寒かった。ここで一晩明かすのも手かもしれない。

「あの……入っても?」

 様子を伺いながら室内へ足を踏み入れる。扉を閉めたのと同時に、部屋の明かりが一斉についた。

 女の子が、立っていた。

 突然、けたたましく音楽が流れ始める。状況が呑み込めず、あたりを見回すと――そこら中に、お化けがいた!

「うわああああああっっ!」

 思わず悲鳴を上げた。お化け、お化け、お化け。お化けたちは優雅に空中を浮遊し、音楽に合わせて踊り始めた。
 目の前の女の子に視線を戻す。彼女は奇怪な姿をしていた。まさに、ハロウィンの仮装のような出で立ちだ。年齢は "今の" 自分と同じくらいだろうか――つまり、高校生くらいに見える。じっとこちらを見つめながら、そっと片手を差し出してきた。

「ねえ、怯えてないで――我儘を聞いて?」
「え……?」
「私と、踊りましょう」

 唐突に彼女に手を取られ、されるがまま、振り回されるように踊り始めた。意味が分からない。なんなんだ、この状況は。混乱と、恐怖。目の前の彼女の胡乱な瞳に吸い込まれそうになる。どこか恍惚とした感覚が沸き上がり、私は盛大に転んでしまった。暗転――。

 目を覚ますと、お化けたちが私の顔を覗き込んでいた。

「うわああああああっっ!」
「まったく、その反応、さっきもやったじゃない」

 お化けたちの後ろで、さっきの女の子が、こちらを睨んでいる。

「あの、これはどういう――」
「さあ、ディナーにしましょう」

 私の言葉は綺麗に無視された。お化けたちがまるでカーテンのようにひらひらと舞い、料理を運んでくる。といっても、並べられたのは、スイーツの数々だった。パンプキンパイ、キャンディー、ショートケーキ……。ここの住人は、かなりのお菓子好きと思われた。

 私は目の前に置かれたクッキーを手に取ると、思いがけず口へと運んだ。普段ならこんな気味の悪い状況で得体のしれない食べ物など食べるはずがないが、気分は酩酊状態に似ていて、判断能力が欠如しているようだった。そして、なんだかんだで空腹状態であったらしい私の体は、そのクッキーの美味しさに感動しているようだった。

 ふと、さっきの女の子に目をやると、どうやらまだ怒っている様子だった。さっきのダンスでしくじったことをまだ根に持っているのか。お化けのウェイターが私の体をすり抜けていくとき、こっそりと告げ口をしてくれた。「彼女はね、君が食べているそのクッキーが特に大好きなのさ」

 私はクッキーを何枚か手に取ると、彼女の元へ足早に近づいた。

「さっきはこけて悪かったよ。ほら、これ食べて元気出してよ」

 そう言って、クッキーを差し出してみた。彼女はキッとこちらを睨みつけたあと「お菓子なんかでご機嫌取ろうとしないでよ!」と言うや否や、私の手からそれを奪い取り「……まぁ、貰っとくけど」と付け加えて、そっぽを向いてしまった。—―許してもらえたのだろうか。

 しばし、気まずい空気が流れた。話題を変えようとする。

「そういえば、気になってたんだけど、あの扉は何?」

 私が指をさした先には、この洋館に似つかない、やけに "一般的な" 白い扉が一つだけあった。私はその扉にどこか懐かしさを感じたような気がした。

「その扉は絶対に開けないで――まだ」

 彼女は、いやに深刻そうに言った。

「そんなことより! まだ夜は永遠みたいに長いでしょう? さあ、今度こそ上手に踊るのよ!」

 彼女が無理やり話題を切り替えた途端、それを見計らったかのように明かりが明滅し、音楽が流れ始めた。私の手を取ると、強制的に踊りが再開された。

 さっきよりもこの場に馴染んできたのだろうか。少し余裕が出てきた私は、彼女の動きに合わせて自らも率先して踊り始めた。それに呼応するように、徐々にお互いの動きはヒートアップしていく。視界が目まぐるしく回転する。――これは現実なのだろうか?――虚ろな舞台を大きく行ったり来たりしているうちに、いつの間にか考えることをやめていた。

 遠心力に脳が揺さぶられ、意識が吹っ飛びそうになる。それでも音楽が鳴りやむまで、私は彼女についていくことができた。

「やればできるじゃない」彼女が満足そうに言った。「ご褒美をあげる」

 そういって指を鳴らすと、どこからともなく、お化けのウェイターが現れた。そのトレイの上には、パフェが乗っかっていた。

「それは特別なパフェなのよ。期間限定なんだから、ラッキーね」

 私は震える手を抑えられなかった。恐る恐るスプーンでパフェをすくい、一口食べる。衝撃的に美味しかった。どこか懐かしいこの味。私はこの味を、知っている。忘れようとしていた記憶が、叫んでいる。私は、このパンプキンパイを知っている!

「わかってるんだ、これが好きでしょう?」

 窓からうっすらと光が差し込んでくる。それは、パーティの終わりが近づいていることを予感させた。

「ついてきてほしいところがあるの」

 彼女は切なげに呟き、私の手を引いた。たどり着いたのは、さっき拒まれたあの白い扉の前だった。扉を開くと、そこには見覚えのある部屋が広がっていた。

 かつて、一緒に登校していた彼女の部屋。

 あの頃のまま、時が止まっているようだった。

「ごめんね。元々朝は苦手なんだ、私夜型だったし。君も覚えてるでしょ? あの頃の――」

 目の前の仮装した女の子と、幼馴染の女の子の姿が、私の頭の中で重なった。

 あの日、遅刻した彼女は、大慌てで家を飛び出し、私の後を追おうとした。そのとき、不注意で、あのカフェの角で――。

 太陽がみるみる昇ってきて、窓から差し込む光は強さを増していく。彼女はパッと表情を明るくして、踊ろう! 踊り続けよう! せっかく会えたんだから、いつまでも、永遠に! と言った。私の手を取り、鐘を無視して踊る。ルールなんてない。やり方だって知らない。ただ、めちゃくちゃに踊るだけだ。部屋のアラームが鳴り響き始める。生前彼女が使用していたものだろう。世界がぼやけ始める。お化けたちの声が遠くなっていく。日を浴びたものから、少しづつ体が灰になり、やがて跡形もなく消えていく。夜は永遠みたいに長いって言ってたじゃないか! 終わりがすぐそこまで迫っているのは明らかだった。

 嘘。永遠なんてないの。終わりはいずれやってくる。このパーティにも。彼女は儚げに笑いながら、言った。でも、それもらしいでしょ? 私も笑った。君には振り回されてばっかりだったよ。あんなに遅刻してたんだし、最後だって、ちょっとくらい遅れたって良いよね。アラームは無視して、踊りを止めなかった。

「おはよう」

彼女は、そう言った。朝を迎えた私に。この夢から覚める私に。あの日言えなかった挨拶を。

「おやすみ」

私は、そう言った。パーティーを終えた彼女に。やがて本当の眠りに就く彼女に。最後の別れの挨拶を。

やがて彼女は朝焼けの光に飲まれながら、一筋の涙を零してこう言った。

「さよなら、バイバイ」


 目を覚ます。自室。いつも通りの風景。アラームが鳴っている。全ては夢だったのだろうか。そんなことを思っていると、突然ピンポーンとチャイムが鳴ったので、私はやや驚いて、体を震わせた。

 扉を開けると、ハロウィンの仮装をした小さな女の子が経っていた。「とりっくおあとりーと!」――いやいや、ハロウィンは昨晩だっただろう? 女の子は言った――私、昨日の夜やけに早寝しちゃって。お菓子をもらいそびれちゃったの。でもそのおかげで今日は珍しくすっごく早起きしたんだから! だから今来たの。というわけで、とりっくおあとりーと!

 ――まったく、そんなの、とんでもない大遅刻じゃないか。昨日配ったお菓子パックの袋を探ると、クッキーが一つだけ出てきた。はい、じゃあこれをあげるから、いたずらは勘弁ね。そう言って手渡すと、女の子は目を輝かせて「やったー! 私このクッキー大好き!」と大喜びしながら去っていった。その後ろ姿が、遠い昔の彼女に似ていたような気がした。


本小説は「Ha-ha-ha-ha Halloween Night! / #hateno feat.初音ミク」 の二次創作です。
楽曲は、あくまで各々の感じたままにお楽しみください。

いいなと思ったら応援しよう!