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小説 転がる石は全て川へ 最終回~A夫とB助は無意味のカオスに巻き込まれる 編~
俺とB助は親友のような関係だ。俺がネット上で見つけた都市伝説に対し、B助は自分の知り合いの部屋で起きていることだと言い、夜に目的地へ車で向かった。しかし途中でB助の知り合い「E之助」はSNS上に「助けて……」という投稿を残し、連絡が途切れた。一度は辞めかけた部屋行きを再開し、ついに辿り着いたが……
……唖然とするしかなかった。目の前の光景に釘付けにされ、動けないし、声も出なかった。喉が急速に乾いていく。
狭いアパートの廊下、途切れ途切れの電気に照らされる男二人(内一人は裸だ)、女一人の死体、そして包丁を持ち、立っている一人の若い女性。じっと、こちらを見ている。
無表情だけど、目をいっぱいに見開き、小刻みに震えていてかなり緊張しているようだ。包丁だけは離さないと踏ん張っているように見える。
俺もB助と一緒にしばらく無言で踏ん張りながら、目の前の女性を精一杯睨んでいたが、やがて全身の力が抜けたように、女性の手からスルッと包丁が抜け、カラン、と乾いた音を立てた。
「E之助を、刺したのはあんたか」
B助は声を絞り出し聞く。廊下に横たわっている男二人の死体の片方が、E之助なのだろうか。
「そこに裸で転がっているのがE之助という人なら、私が殺したということになる。でも、それ以外は殺ってない」
「……そうか。じゃあ、裸以外の死体は、誰が殺したんだ。あんたじゃないのか」
「裸のが二人とも殺した。そして私が裸のを殺した」
女性から力が抜け、膝を付いて前から倒れ込んだ。B助についていき、部屋の中に入る。キッチンに一人、奥の一番広い部屋に二人の遺体があった。全員大きく喉を切り裂かれ、真っ黒な虚空がパックリと開いていた。一番広い部屋には二つの途中で千切れた鎖が天井からぶら下がっており、錆びた音を立てながらゆっくり揺れていた。
「うわああああ」
大きな声がして、驚きながら振り向くと、アパートの廊下を一人の男が走り去っていった。通りがかりに何体もの遺体を見て、驚いたのだろう。俺自身、現実に着いていけず、吐きたい気分だった。
「A夫。この目のまえの現実を頭の中で処理できるようになるまで、俺らは何年かかるんだろうな」
「……」
「誰が誰を殺したのか。そもそもどんな人たちだったのか。何故こんなことになったのか、何一つ分からないまま、ただただ人が死んでて、包丁持った人が立ってた。警察来たらどう説明するよ。俺ら疑われるかな。いっそのこと、このまま黙って立ち去るか」
「……B助。ありのまま、警察に話すしかないと思う」
「……」
「結局黙って立ち去ったところで、近い内に誰かしら通報して警察は来る。万が一俺らがここにいた事がバレたら、何故黙って立ち去ったのか、と余計疑われる。何より、俺ら二人だけで、この光景を記憶に留めて、処理していくのはどうしたらいいか分からなくなるだろうし、場合によってはフラッシュバックとかして、かなり苦しむかもしれない。俺らも大したことは知らないけど、知ってることは公に出せるようにして、上手く抱え込まないようにした方がいい。スマホの情報、ここに来るまでの、車のドライブレコーダーに記録された映像と俺らの会話、その他アリバイや証拠を並べれば、俺らが犯人じゃないことは何とか伝わると思う」
「まあ、廊下にさっき倒れた人間がどの程度犯人なのか、というのも知りたいしな」
少しずつ、窓を通して見える暗闇が白んでくる。薄暗い朝。そして遠くから聞こえるサイレンの音。
「来たな。ここからだな」
「ああ、どうにか乗り切って、謎解き続けようぜ」
~完 ご愛読ありがとうございました~