キューバ旅行記(12)~ハバナの夜に風を切り、石のような身体を細美武士が起こす~
ライブハウス「ブレ・バル・セセンタイセイス」の位置を再確認するために、公園ベンチに座る。
近くに「華人街」の門がある。日が暮れかけてるが、小さな子供たちが通路上でサッカーをして走り回っていたり、スリーバイスリーのコートで青年たちがボールを突きながら勢いよく走り回っている。
おや、と思う光景もある。
ゴミ箱から空き缶を拾い集めていた人が警察に呼び止められ、しばらく話した後、警察に付いて交差点へと歩いていった。空き缶を拾ったのが原因で呼び止められたのか、他の原因かは分からない。しかしめでたいことではないのは確かだろう。
ライブハウスへ歩く途中、オレンジの日野のゴミ収集車を見かけた。ゴミを回収していく人々。ジャイカ等を通じ、日本のゴミ処理技術が提供されているのかもしれない。
暗くなる街を歩き、ライブハウスが並ぶ一角に着いた。一番奥には高級そうなホテルが建っている。一番手前が「ブレ・バル・セセンタイセイス」だ。一階が受付でライブハウス自体は二階らしい。受付の前に立つと「10」と言われる。あれ、ガイドブックに書いてた金額より高いなと思っていると「10時からスタート」とのことだった。確かガイドブックには「20時から(出演者による)」と書いてあった。基本的な挨拶と数字しか分からないと、やはりこういう時にきつい。
仕方ないから一旦出てブラつくが、どうしても疲れてしまい散策する気になれない。まだライブハウスに入れる時間まで二時間近くある。ホテルもそう遠くないため、一旦帰ろうと決意する。高級そうなホテル。歩道と車道と広場。右の遠くに見える白くライトアップされたドーム型の国会議事堂。交差点を渡る。何度ここに来ただろう。
横にチラッと、自転車の後ろに、人が座る屋根付きのスペースが付いた「タクシー」が走っているのが見える。迷う。正直歩いても帰れる距離だ。しかし距離があるにはあるし、せっかく来たのだから……「タクシー」へ向かい、「アンボス・ムンドスに行きたい」と言い、値段を聞く。10クック。
「OK」
加速していく「タクシー」。もちろんシートベルトなんて無い。意外と怖くて、屋根の柱をギュッと握る。下り坂の、細めの通りを走っていく。夜の風が気持ちいい。高いブオーと鳴る、笛のような「クラクション」を盛んに鳴らしながら、ぶつからなければオッケーの「物理的運転」で勢いよく旧市街を駆けていく。
やがてホテルの前に着き、止まる。10クック出そうとするとチップをくれよと言われ、仕方なく11クック出す。自動車のタクシー以上に身体が風を感じ、「街の音」をダイレクトに聞きながら走る貴重な体験をしたのだから、11クックの価値は確実にあった。
しかし、試練はここからだった。ホテルに着きベッドに倒れると急激な疲れがのしかかってきて、起き上がることすら難しくなる。身体が岩のようになる。
岩は紛れもなく自分自身だ。このまま岩に従い、ライブハウスに行かない選択肢もある。いくら治安が良い街とはいえ、疲れすぎた状態で行けば何かトラブルがあるかもしれない。
例えばお酒のトラブルとか。遠くはないとは言え、ライブハウスまで歩き切れるだろうか。気合で自分という「岩」を持ち上げられるだろうか。
……だが、胸の底で流れ続け、隙あらば勢いを増そうとする力を説得するのは難しかった。とりあえずIpadを出し、音楽を聴く。行きの飛行機からずっと聴いてきたハイエイタスだ。
細見さんは去年の最初にハバナを旅したらしい。旅行はゆっくり巡ろうが弾丸のごとく巡ろうが自由だ。ルールは無い。ならばふつふつと湧き上がる使命感で旅する自由もある。音楽と共に突き抜ける意志が、最後の力を振り絞り、岩を動かす。
私は起き上がり、ポーチに最低限の荷物を詰め、ホテルを出た。(続く)