小説 転がる石は全て川へ~河川敷で青年は危険へ飛び込む決断をする 編~
「ああ、そのアカウント、知り合いのやつだよ。外部から例の『アパートの一室で”元大統領”が囚われている都市伝説』を取り上げて炎上させているように見えて、実は、アパートの一室にいる一員っていうね」
そう言うとB介は一気にロング缶を飲み干した。俺はB介の誘いで、彼の知り合いがいて、更にネット上で都市伝説の舞台として話題になっている「アジト」に行くつもりだったのだが、急にB介が行くのに「飽きてしまい」、今は二人川のほとりで酒を吞んでいる。午前2時で、さすがに少し眠い。
「駄目人間と駄目人間と不思議ちゃんと普通の人がアジトにはいま~す。元いじめっ子が監禁されてて、実家が金持ちなので、あの手この手でアジトに金を入れさせてま~す。でもアジトの住所バレちゃったし、これからどうしましょ~」
B介の知り合いがやっているというアカウント。これがもしアジト内部の人間なら、不思議だ。人監禁してて、わざわざその場所がバレたことを大々的に宣伝する。下手したら捕まるんじゃないか。書き込みが真実なら。
「いや、多分そいつ。アジト内で立場悪くなってるんだよ。変なアカウント作って、あることないこと言ってるしさ。自業自得だよ。で、立場が悪くなってるから、外に味方作ろうとして、アジトの内情暴露してみたりしてるんだろう。暴露すれば一応、アジト内の敵対者への牽制にもなるしな」
新しい缶をプシュッと開けながら、B介は俺の疑問に早口で答えた。
広い川。さっきまで乗ってた高速道路。川面に映る。赤い点滅と煙突。控えめな煙。遠くに見える、まだポツポツ明かりが付くタワーマンションの列。タワーマンションに人が住んでいること。煙突の下で人が働いていること。なんだか、どちらも実感しにくい。俺からしたら、ただただ風景だ。
「働いている」という言葉からふと思い出し、B介に聞いてみた。
「なんで、B介は仕事辞めたんだっけ。こんな感染症も拡大してる時期に」
「なんか、働いている実感、いやもっと言うと生きる実感が無かったんだよね」
「……?」
「平日の朝、特に月曜は憂鬱なんだよ。大半のリーマンと同じく。でも俺はそこから、自分自身をどこか別なところから、他人のように突き放して見る癖が付いてしまう。仕事で失敗して悔しいとか、たまに怒られて、なんだとこのやろうとか、何かを達成して本当に嬉しいとか、そういった実感や感情を三割カットくらいされながら、ただただ仕事をこなしてきた。仕事終わりや土日は、徐々に生きる実感が戻ってきて、俺もよく頑張ってるよ、と思えるんだけど」
「なんか、辞める理由としては微妙だな」
「そうか。A夫。今、川の向こうの景色に見とれてただろう」
「いや、見とれては無かったぞ。ただ、タワーマンションから生活してる人を想像するのは難しいな、とか、そんなことをぼんやり考えてた」
「それなんだよ」
「ん?」
「会社辞めた理由」
そのままB介は黙りこくり、ロング缶をグビグビ呑みだした。俺はスマホを取り出し、適当にいじった。
さっきまで盛んに呟いていたB介の知り合いのアカウントが、一言だけ発して、静かになっていた。
「……助けて」
横でB介もまた、スマホを持ち、じっとしていた。画面に照らされる、真顔の顔。彼は俺に自分のスマホ画面を見せる。
「うざいからマナーモードにしてたが、さっきまで5~10分おきに例の知り合いから着信があったんだよ。でも30分前を最後に着信は来ていない」
ポチャン。川に石が落ちる音がした。
「川の向こうにある工場とか、タワーマンションとかって、ほとんど行ったことないから、そこにいる人への実感が沸かないんだよ。でもそういう、行ったことない場所や人の中に入りたくて、会社辞めたのはある。同じ環境に勤めてたんじゃ難しいしさ。でさ、このままここにいるか、敢えてアジトに向かうか、どっちの方が、川の向こうみたいな景色に行けるかな」
「行きたくないけど、アジトだな」
「そうだよな……」
しばらく考え込む風に下を向いた後、B介は立ち上がった。多分、実際は考え込んでなくて、既に答えは決まってたんだろう。
「行ってみないか」
~続く 次回はC美とD子の青春権力闘争 編 お楽しみに!!~