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小学校の先生になりたい東大生の母親

 私は5年前まで中高の教員でした。以下は教員の時代の話ですから、5年以上前の話です。おそらく7、8年は前の話だろうと思います。

 そのころは「教員の長時間労働」は社会問題になっておらず、「働きかた改革」というような言葉もありませんでした。私も毎日、朝は7時台から、夜はしばしば午後9時くらいまで、働いていたものです。のちに事務員となり、8時の朝礼から4時までの8時間労働となり、かなりの違いを感じました。その代わり教員には職務専念義務が希薄であり、たとえば授業と授業のあいまの時間は遊んでいてもいいのでした(結局、授業の準備や小テストの採点をしていることが多かったですが)。そんな、授業のあいまの時間に見つけたインターネットの記事が本日の話題です。

 よく「ヤフー知恵袋」みたいな、質問と答えが掲載されているサイトがありますでしょう。そのうちのひとつでした。ある東大生のお母さんの相談でした。息子が小学校の先生になりたいと言っている。皆さんどう思われますか。という相談でした。「東大へ入ったのに、わざわざ小学校の教員になるの?」というニュアンスでした。たくさんの人が回答していました。多かったのは「本人がなりたいと言っているのだから、いいのではないか」というものでした。そして、けっこう多かった現実的なアドバイスとして「東大で小学校の教員免許は取れないから、どこか別のところで小学校の免許を取らなくてはならない」というものもありました。よくご存知ですね。私もかつて東大生でしたけど、たしかに東大で小学校の教員免許は取れません。私の中学および高校の教員免許は、東大(および東大院)で取得したものです。たしかに東大で小学校の教員免許は取れません。また、「東大を出て小学校の先生になることは『もったいない』とでも思っているの?それは偏見ではないの?」というような、ちょっとそのお母さんを揶揄したような投稿もありました。

 そして、続けて読んでいくと、質問者であるそのお母さんの投稿が再びありました。うちの一族で、東大に受かるような高学歴はほかにいないのです。息子はうちの一族ではまれに見る高学歴です。その息子が、小学校の先生になってしまうのは、どうしてももったいないと感じるのです、という投稿でした。再び、皆さんの回答の投稿が始まりました。それでもお子さんが小学校の先生になりたいというなら、応援なさったらよい、小学校の先生になって、その世界でものすごーく偉くなってしまえばよい!というような投稿もありました。私はずーっとその一連のやり取りをながめていましたが、そのうちの誰も言っていないことを私は考えていました。それはすなわち「もし向いていなかったらどうするの?」というものでした。

 私は東大を出たダメ教員です。徹底的なダメ教員でした。まもなく、あまりのダメさ加減で教員をやめさせられて事務員にさせられました。そして事務員はもっと向いていなくて、つい3週間ほど前に仕事を失って、いま無職です。「47歳、キャリアなし」になってしまいました。「小学校の教員として要求される多岐にわたる能力」と「東大に入る能力」はまったく別物であると思います。「東大に入るくらい優秀なのだから、小学校の教員などは余裕で務まるでしょう」というのは成立しません。私がまさにその「生ける証拠」です。しかし、その長い一連のやり取りのなかで、私のような回答をしている人はいませんでした。かろうじて東大関係者の投稿がひとつありました。「父は東大を出た高校の教員です。父をしたってくる生徒さんは、ごく一部の優秀な生徒さんだけでした。父はよく東大の同窓会にも行っていましたが、父の同輩はみんなすごく社会的地位が高いのでした。私が父なら、恥ずかしくて同窓会には行けないと思います」という投稿があったのみです。「自分がまさに東大出の教員で、しかもダメ教員」という人の投稿はなかったですし、彼がそのようになる可能性について述べた回答もなかったのです。

 それから7、8年くらいはたつでしょう。その東大生がどうなったのか、まったく知りません。どうなったのでしょうね。ダメ小学校教員になっていなければいいのですが。そして事務員にさせられたあげく、無職になっていなければいいのですが…。

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