僕たちはすでに感染している!
ライトノベルのようなタイトルになってしまった。
しかし至ってまじめなお話。
最近コロナウイルスが世間を騒がせている。
かくいう私も直近まで横浜に住んでいたので、クルーズ船のこともあり、嫌いなマスクをつけながら通勤していた。
ただ、それに関連して、マスクと同じ原材料を持つとうわさされたトイレットペーパーが売切れたり、逆にコロナビールが売れなくなったりしているという。
前者についてはすぐにデマだとわかったものの、依然品薄状態は続いているようだ。ただ、後者についてはデマ云々の問題ではない。
僕たちはすでに感染している。
ミーム感染という言葉
ミームという言葉をご存じだろうか。
Wikipediaなどで見ると以下のような説明がされている。
ミーム・・・脳内に保存され、他の脳へ複製可能な情報である。例えば習慣や技能、物語といった社会的、文化的な情報である。
ミームを人に感染させる「何か」をマインドウイルスと読んだりもする。
少しわかりづらいので、ミームに感染するとはどういう状態になるかを例を用いて説明する。
我々日本人の、特に若者にとってミーム感染しているという例の典型的なものが「草」だ。
もともと「草」とは、字義通り道端に生えている植物やそれに類するものを示す言葉にしか過ぎない。
しかし、顔文字で笑顔を表す「w」(この「w」もミーム感染の一つではある)が草のように見えることから、あるコンテンツを見て笑いが出ることを「草が生える」という言い方をするようになってきた。
コロナウイルスというミームへの感染
例が分かりづらい人にはわかりづらくなってしまったかもしれないが、「草」というネットスラングの用い方を自然と用いてしまうのと同様に、
我々の多くはもうコロナウイルスという「ミーム」にすでに感染してしまっている。
コロナウイルスというミームに感染すると、まったく何の問題もないのにコロナビールを買わなくなったり、太陽で観測されるコロナにも別の感情を抱くようになってしまう。
ミームに感染するというのは、いわゆる生物学的なウイルスよりも防ぎようがないことが多い。絶望しかそこにはないのか。しかし、私たちの心の中には「抗体」がある。
ミーム感染を防ごう
心に何の抗体も持たないと僕たちはミームに感染し、そのミームによって僕たちは何の価値もない、損しか生まない行動を起こしてしまう。
コロナウイルスが怖いとは言わない。ただ本当に怖いのはそういうミームに感染され、抵抗もできなかった人の心だというのは今の世の中の現状を見ればわかる。
どうすればいいか。
抗体をもって抵抗すればいいのだ。
ウイルス対策にとって一番大事なのは、何より「自分が感染しているかもしれないと思って対処法を取ること」である。
僕たちはすでに感染している。そう思って行動すると必然的に「抗体」は生まれてくる。
そう、コロナビールとコロナウイルスには何の関係もないのだ。
買いまくって浴びるほど飲んで楽しい気分になればいいんだ。
そう、マスクで予防することは大事でも、ミームというウイルスに振り回されてトイレットペーパーまで買うという愚かな選択をすることはないのだ。
ミームに感染しているかもしれないから、情報を確かめてから使おうという意識を持てばいいのだ。
今のネットやテレビが発達した世の中、ミームに感染しないというのは非常に難しい。一度感染し、それが「症状」を発揮すると、たとえトイレットペーパーのことがデマだとわかっても品薄になっていくという現状には歯止めの効かせようがない。
僕たちの心には間違いなく「抗体」は存在している。
でもその抗体のやっかいなところは、一人一人が「使いたい」と思わなければ使えないということだ。
僕たち一人一人が「あー、感染しちゃった」と思いつつ、対処法を取ればいいのだ。
僕は心理士だ。人の心の可能性を信じている。
極度な心理主義だ。もっと社会の仕組みのせいにするべきだという論理ももっともだが、その社会をミクロに作り上げているのは私たちの心だ。
僕たちはすでに感染している。でも抗ってみるということが本当に大事なのだ。
コロナウイルスに負けるな。体はもちろん、心にも。