24歳で個人事業主となるまで(〜21歳)
「大学を中退し、やりたいことを見つけた」というところで話を終わりにしました。
その続きの話をさせて頂こうと思います。
大学生になった私は、将来のことを考えた時に
「このまま大学を卒業して、フツーに就職するのは面白くない」と思うようになりました。
仮面浪人をしている私の本来の目的は、いい大学を出ていい会社に就職することではなく、今思えば、私が常に思っている"なんでもできる人になりたい"という欲望のために勉強をし続けていたのだと思います。
そんな私なので、勉強をしながら他にも色々挑戦をしていました。
まず私が手を出したのが、歌のコンテストです。手当たり次第出場しましたが、一回戦で全て敗退でした。
その後私は、歌唱力で勝てないなら技で勝負しようと歌マネをやり始めました。
これもまた、オーディションを受けましたが、プロとの差を痛感させられ、そこまででした。
しかし私の挑戦はここで終わりになるはずもなく、次に目指したものは、芸人でした。
そんな時、私の人生を良くも悪くも変えた出来事がありました。
大学受験が終わると、私はコンビニのバイトを再開していたのですが、そのコンビニのオーナーに呼び出され、ある提案をされました。
「店長にならないか?」
私がこの言葉を聞いた時、まだ19歳でした。
「もう1店舗出さないかと声がかかっているが、もしあなたが店長になってくれるなら、しようと思う。」
この頃の私の考えはとても甘いものでした。
この歳で店長なんて!すごい!やるしかない!
そして、大学を辞めたのです。
コンビニの店長と言っても、時給が少し上がっただけでそれ以上の仕事量と責任が押し付けられる。
今となっては良い経験と思うようにしていますが、かなりきついものでした。
年越しは1人で夜勤です。
人手不足で私の予定は後回し。体調不良で休みますの連絡が入れば出なければならない。
他にも色々ありましたが、それはまた別に書きたいと思います。
コンビニの店長だけではつまらなかったので、塾講師のバイトやカラオケ店でバイトをしていました。
芸人を目指していたと書きましたが、キングオブコント、M-1のオーディションはもちろん受けています。そして見事に落ちているのは言うまでもないでしょう。
全て、中途半端。
しかし、それでもいいのです。
自分がやりたいと思うこと、すべてやってきました。
コンビニの激務に痺れを切らした私は、そこから逃れるべく大阪に引越しをしました。
(そこから1年は辞めれずに、京都に通っていたのですが…)
大阪に引っ越してきた私は、車のオークション会場で働き始めました。
沢山の種類の車を乗れるという、今まで経験したことのない仕事がとても魅力的でした。
さらに、家庭教師のバイトも始めました。
まだもう一つくらいできそうだと感じた私は、パチンコ屋の景品交換所の仕事もやり始め、気付けば4つの仕事を掛け持ち、YouTube活動にも精を出していました。
(今考えればやばいです)
この頃の月収は、毎日働いて35万円。
その当時、芸人の卵くんと付き合っていたので毎月の収入と支出はプラマイゼロでした。
となると、貯金はゼロ。
そして、貯金がゼロになった私が、ドン底に落ちる出来事がありました。
"ネットワークビジネス"です。
これは本当に、子供が20歳になる前に、しっかりと親が教えてあげるべきことだと思います。
私は昔、友達にこんなことを言われました。
「さきちゃんは、高額なツボを騙されて買うタイプだよね笑」
いや、ほんとにその通りでした…。
私がドン底に落ちた話は次回しようと思います。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。