
仮題名 枯れ木はキスがお上手
人物
九鬼霞 九鬼家最強の女剣士。神様からある神通力を授かっている。
有馬春之助 有馬家の嫡男。家出をして女形役者になった。
如月静香 春之助の許婚。
有馬左近 春之助の父親。
雛菊 霞の従者
撫子 霞の従者。
曽我重太郎 剣の天才。大目付の佐森様配下。
会津藩・有馬剣術道場。
板の間。正面上方に神棚アリ。神棚には榊や水など。壁には木剣が並んでいる。上手に座布団。その他道場にありそうな物。
幕開け。下手。縄で縛られた有馬春之助が座っている。(春之助の職業は女形役者なのでそれらしい格好をしてください)そのやや後ろに許婚の如月静香がいる。上手には座布団に座る有馬左近。左近は春之助の父。左近は左手を骨折して白い布で吊っている。
春之助 父上、放して下さい。
左近 ……。
春之助 江戸にいた私を無理やり会津に連れ戻すなんて酷いじゃありませんか。今の私はしがない女形役者。春之助に剣術指南役は無理でございます。有馬家の家督を継いだ弟夏之新の逝去は悲しむ事なれど、十年も会津を離れ、剣の代りに扇子を握っていた私には、家督を継ぐなど出来る事じゃございません。
左近 黙れ。お前が家督を継がなければお家は断絶。代々続いた会津藩剣術指南役も下ろされる。そうなればご先祖様に申し訳が立たない。
春之助 私みたいな男の娘に剣術が出来るハズない。大体家督を継いだら女の着物着れなくなるし髪型だってダッサイ髷を結うんでしょう。キモイんです。私は男だけど女の格好をするのが趣味だから。有馬家の当主で剣の指南役がそんなんじゃ駄目ですよね。だからお断りします。
左近 (イライラ)春之助、マトモになれ。
春之助 嫌だ。そもそもマトモって何です。
左近 男らしくだ。
春之助 はあ……くだらない。
左近 きききき……貴様ッ、親の云う事が聞けぬと申すか。
春之助 はい。ですから勘当してください。
左近 (忌々しいが)……とにかくだ。有馬家の嫡男が宮地芝居で役者をしていると世間に知れたらお家の恥。だから江戸には戻さん。お前は家督を継ぎ指南役として一生ここで過ごす。それにだ。これはもう有馬家だけの問題ではない。如月家の問題でもある。
春之助 如月家……静香さんの家に何の関係が……。
左近 あるんだ。
春之助 意味分かんない。
静香 私と春之助さんは許婚ですよね。
春之助 え、でもそれは親同士が勝手に決めた……
左近 それが許婚だろうが。
静香 弟の夏之新様が家督を継がれた時許婚の話はなくなりましたが、春之助様が家督を継がれるなら話は別です。それに……、
左近 憹から話そう。……大目付の佐森様配下の者に滅法腕が立つ曽我重太郎と云う剣士がいる。佐森様は有馬家のお家騒動を聞きつけ曽我重太郎を剣術指南役に推してきた。佐森様の顔を立てた殿の命により、この度剣術指南役を賭けた有馬家と佐森家の試合が行われる。だが話はそれで収まらなかった。勝ったほうに如月家の娘、静香殿を嫁に娶らすと……。
春之助 は、はあ……そんなものは、
左近 殿の勅命だ。断れると思うのか。
春之助 無茶苦茶じゃないですか。静香さんだって嫌でしょう。
静香 もちろん嫌です。どこの誰とも知れない馬の骨に嫁ぐなんてありえません。私は幼い時から春之助さんの許婚で、いつも春之助さんを見てきました。それなのに今更……。
春之助 ……。
静香 この際はっきり云います。私は春之助さん以外に嫁ぐ気はありません。春之助さんは今でも私を嫁に貰うつもりはありますか。幼い頃でしたが、二人は確かに夫婦約束をしましたよね。
春之助 え、それって親は関係なく?
静香 そうです。まさか忘れたなんて云いませんよね。
春之助 うーん……?
静香 忘れたと云ったらここで舌を噛んで死にますよ、私。
春之助 あ、そうだった。も、勿論おぼえてます。
静香 なら試合に勝って私を嫁にしろ。
春之助 はははは、はい……。
静香 よかった。叔父様、春之助さんは家督を継いで試合に勝ち私と祝言を挙げてくれるそうです。
左近 うむ。よく云ったぞ春之助。
春之助 いや、云わされたんだよ。
左近 しかし曽我重太郎は並の剣士ではない。今の春之助など足元にも及ばないだろう。だが憹に策がある。本来なら憹が春之助の稽古をつけるべきだが見ての通り腕を負傷している。だから助っ人を呼んだぞ。
春之助 ちょっと待って。すでに助っ人が来ているのなら、初めからこの展開になる予定だったって事?なに予定調和?嵌められた?
左近 お待たせいたしました。九鬼霞様ッ。
九鬼霞(推定80)が女従者(雛菊と撫子)を従えて登場。
春之助 ええと、誰?
雛菊 御控えください。ココにおわすは白い閃光の異名を持つ九鬼家最強の女剣士、九鬼霞様であらせます。
撫子 それだけではない。霞様は神より神通力を賜った異能のお方。
雛菊 それだけではない。霞様は全日本キャベツファンクラブ、略してJKFCの会長で、来世は本気で青虫に生まれ変わりたいと思っているほどのキャベツ好き。
撫子 それは余計な情報だぞ雛菊。
雛菊 すまない。一般人にはひかれるネタだった。
撫子 留意してやり直せ。
雛菊 霞様は神通力により現人神と祀られ畏怖と尊敬の念を一身に集めている。だから頭が高いのだ(とキャベツを出す)
撫子 なんだそれ。
雛菊 印籠の代わりかな。
撫子 雛菊、軽く死んでくれ。
この間、霞は何かと格好をつけている。
春之助 ええと、帰ってください。
霞 お前が春之助か。
春之助 はい。
霞 こりゃ駄目だぞ左近。こやつには才能がまるでない。
左近 そこを何とか霞ババア。
霞 ば、ババアじゃと。お主は何度云っても女に対する口の聞き方が成ってない。もう片方の腕もへし折るか。
左近 あ、失言です。本気でゴメンなさい。
音楽インで舞台暗転。
木刀と木刀が打ち合う音。
「こら、しっかりせんか軟弱者」と霞ババアの声。
「バキ、ドスン」そして春之助の唸り声。
「もう勘弁してください」と情けない春之助の声。
静香の声 このすぐ後から剣術の猛特訓が始まった。でも春之助さんの腕前は少しも上達せず、ついに彼は根を上げた。
撫子の声 春之助様が逃げたぞ。
雛菊の声 またですか。すぐに捕まえます。
静香の声 これで何度目の逃走だろうか。しかし何度逃げようと撫子さんと雛菊さんは春之助さんを捕まえた。
舞台明るくなると元の道場。舞台中央に雛菊と撫子に引っ立てられた春之助の情けない姿。それを見下ろす霞。道場の端に静香。春之助は稽古着に着替えていて頭は勝毛。
静香の声 この稽古中、神様から賜った霞さんの神通力がとんでもない事態を引き起こすなんて思いもしなかった。と云うか私はこの後ぶっ魂消た。
春之助 勘弁してください。嫌です酷いよ。
霞 男が泣き言を垂れるな。
春之助 戦いなんてむいてません。私は笑って過ごしたい人間なんです。
霞 静香さんはお前の許婚だろう。自分の不甲斐なさで大事な女を泣かせる事になってもお前は笑うのか。
春之助 それは(俯く)……どうせ女みたいな男ですから。
霞 男も女も関係ない。人は戦うべき時が必ず来る。憹を見ろ。顔を上げて憹を見ろ。下ばかり向いているから逃げることしか考えられないんじゃ。
春之助 上を向いたって勝てません。
霞 戦う前から負けを認めるな。さあ、もう一度稽古じゃ。
二人は道場の中央で構え直す。奇声を発して春之助が霞に突進した。霞はその攻撃を軽くいなしたが、春之助のガムシャラな攻撃に虚をつかれた霞は春之助と縺れ合い道場の床に倒れ、二人の顔と顔が重なった。暫く二人は動かなかったが事態に気づくと顔を赤くして離れた。
静香 春之助さん。大丈夫?
霞 はい。大丈夫です。
雛菊 霞様、お怪我はありませんか。
春之助 問題ない、捨て置け。
静香 ん?……春之助さん。
霞 私は平気ですよ。それより霞先生は?
春之助 憹も平気じゃ……
霞 あれ? 私がそこにいる。どういう事?
春之助 あ、ああああ……しまった、やっちまったッ。
静香 何が起きてるんです。
春之助 ゴメンして! 魂が入れ代わりました。
以降指定があるまで霞の身体には春之助の魂が宿っていて、春之助の身体には霞の魂が宿っている。
静香 どういう事ですか。
雛菊 説明いたしましょう。霞様は若い頃剣の修行で山に篭られたとき、修行を終えて山を降りたらあるお方と夫婦にしてくださいと山のお社に祭られた神様に願をかけられました。しかし修行を終えて家に戻ったら、霞様に別の男性と縁談話が持ち上がっていたのです。
撫子 それを聞いた霞様はブチ切れて願をかけたお社を粉々に粉砕しました。すると恐れ入った神様がその縁談を壊し、お詫びの印に霞様へ神通力を授けたのです。
雛菊 その神通力とは、接吻をした相手と魂が入れ代わるのです。
静香 ……。
霞(春之助)え……。
静香 嘘ですそんな事ありえませんから。ですよね春之助さん。
霞(春之助)これマジ? いやちょっと待って。私の身体が霞ババアになってる。嫌だ超キモイんだけど。
春之助(霞)キモイだと。乙女の身体に入れたんだ。感謝しろ。
霞(春之助)どこが乙女。もう一度接吻してちょうだい。私の身体を返して.。
春之助(霞)仕方ない、なら……(と霞の身体に近寄り顔を近づける)
霞(春之助)ちょっと待って。
春之助(霞)どうした。
霞(春之助)私の身体には霞先生の魂が……だったら暫くこのままでいてください。指南役を賭けた試合が終わるまで。
春之助(霞)あ……。
霞(春之助)でしょう。それなら勝てる。
春之助(霞)わ、憹が試合に出てもいいのか。
霞(春之助)もちろんです。お願いします。
春之助(霞)おお、久しぶりの試合じゃ。しかもこんな若い身体でだ。暴れたい放題じゃ任せろッ。雛菊、撫子。前祝に飲みに行くぞ。
撫子 霞様、稽古はよろしいのですか。
春之助(霞)もう必要ない。行くぞ。
春之助(霞)、雛菊と撫子を連れて道場から去る。
霞(春之助)よかったこれで勝てるわ。静香さんも嫁に行かなくて済むよ。
静香 ですよね。
霞(春之助)どうしたの。嬉しくないの。
静香 これでいいのかなって。
霞(春之助)私みたいな駄目人間の代わりに霞先生が戦ってくれるだから、それでいいじゃない。先生も喜んでいるみたいだし。
静香 だけど……。
霞(春之助)それとも私が戦うべきかな。
静香 かもしれないね。
霞(春之助)そんなの無理に決まってる。静香さんだって知ってるでしょう。どんなに稽古したってちっとも上達しないし。そもそも私は軟弱な男女なんだから期待に沿えるような事は何も出来ない。私はいつも下を向いているしかない駄目人間なんだ。
静香 そんな事ない。
霞(春之助)お芝居だってそう。大きな舞台に上がれない宮地芝居止まりのさえない女形役者。いいえ、宮地芝居でも役がもらえない駄目人間だった。頑張ったのに……いいところが一つもないよね。
静香、大きなため息。
静香 一杯あるじゃない。綺麗な着物が好き。踊りと芝居が好き。花が好きで春に桜が咲くと真っ先に私に教えてくれる優しい人。でも自分に劣等感を持っている。けれど好きな事を貫く為に家出をする勇気を持っている。春之助さんは駄目人間じゃない。努力して変わっても変わらなくても春之助は春之助。だから落ち込むだけ無駄だよ。
霞(春之助)元に戻ったら、きっと怖くて戦えない。
静香 一人じゃない私がいるじゃん。だから春之助さんは大丈夫だよ。
霞(春之助)九割九分勝てない。
静香 そのときは駆け落ちだね。だから元に戻ったほうがいいと思う。そして、ありったけの春之助さんで試合に出てほしい。どんな時でも私は彼方のそばにいる。夫婦ってそういうものでしょう。
霞(春之助)が顔を上げて静香を真っ直ぐに見詰めた。
霞(春之助)……分かった。元に戻れるよう霞先生に頼んでくる。
霞(春之助)、道場を出て行く。
暗転。
静香の声 道場を飛び出した春之助さんはすぐに霞さんを見つけ元に戻すよう頼んだ。ところが霞ババアが断固試合に出ると言い張り、元に戻る事をおもいっきり拒否った。あのくそババア……。
暗転の中、試合支度をした曽我重太郎が現れ木剣を握ると気合と供に一人で稽古をはじめる。
その様子を、いつの間にか雛菊と撫子が観察している。
雛菊 あれが霞様の相手ですか。なんとなくイケ面かな。
撫子 うーん微妙だね。悪い奴じゃなさそうだけど、モテそうでモテないタイプかな。あれ雛菊はイケそう?
雛菊 守備範囲外れてる。
撫子 ヤッパ圏外だよね。今は剣豪なんて云われているけど元はカースト最下の陰キャって感じだもん。
重太郎 おい。うるさいぞ。
雛菊 うあ、こっち見た。
雛菊 見ないで。
重太郎 俺に見詰められると惚れてしまうのか。
二人 絶対にない。
重太郎 あはははは、ですよね。冗談だから。
撫子 あれはモテないな。
撫子 きっとコミ障を患ってます。
重太郎 稽古の邪魔だからどこかへ行け。
撫子 質問して良いですか。
重太郎 なんだ。
撫子 試合には勝てそうですか。
重太郎 勝てる。
撫子 どうしてそう思います。春之助様は凄いお方に指南を受けておられますが。
重太郎 九鬼の女剣士の事か。問題ない。誰に教えをこうても俺が男女に負ける事はない。例え女剣士が相手でも俺が勝つ。
雛菊 霞様に勝てると仰いますか。
重太郎 昔どんなに強くても所詮今はババアだろう。それに俺は天才だ。
重太郎、去っていく。
雛菊と撫子、不安げに視線を交わす。
暗転。
有馬家道場。
照明イン。舞台中央正面に左近が座っている。上手に試合支度をした春之助(霞)。対峙するのは重太郎。上手に霞(春之助)、静香が座っている。
左近 曽我殿。そちらの見届け人はよいのか。
重太郎 不要。
左近 しかし。
重太郎 まさか、俺が勝っても負けてないとほざく有馬家ではあるまい。
左近 その通り。なれば見届け人はこの左近一人がいたそう。両名とも礼をつくし正々堂々と己の剣技をつくされよ。お互いに礼。
両名は礼をすると木刀を構えた。
左近 はじめッ。
試合が始まると両者の激しい打ち合いが行われた。互角に見えた両者の試合はじりじりと春之助(霞)が遅れを取り出す。そして何度目かの抉り合いで春之助(霞)は重太郎の圧に負けて場外にはじき出された。飛ばされた春之助(霞)は座っていた霞(春之助)の上に折り重なるように倒れた。その時また二人の顔が重なり事故チューをする。
ここから霞と春之助は元に戻る。
静香 霞さん、春之助さん。
霞 憹は問題ない。春之助は?
春之助 なんとか……。
左近 待て……春之助、立って胴衣を調えろ。
霞 うむ。心得た。
落ちていた木刀を霞が拾い重太郎の前で構え直す。
霞 お主、なかなかやるの。
重太郎 はて。俺の相手は婆さんじゃないが。
左近 霞ちゃん、何やってるのかな。
霞 なにって……うあああああああああ。またやっちまったッ。
左近 ど、どうした。
霞 なんでありません。春之助、もう一度チューだ。
春之助 嫌です。
霞 しかし勝てるわけないだろう。
春之助、霞から木刀を奪うと重太郎の前に歩み出る。
春之助 死ぬ気でまいります。いざ。
霞 待った。重太郎殿の胴衣も乱れている。憹が直して進ぜよう。
重太郎 いや結構。
霞 遠慮は無用だから憹に任せろ。
重太郎 触るな。おい、やめろ。
霞は抱きつくと無理やり押し倒す。
重太郎 やめろッ。
霞、重太郎の唇を無理やり奪う。
霞 よっしゃー奪ったぞ。これで入れ代わった。あとはわざと負ければ……あれ、あれ、どういう事。代ってない。重太郎殿、もう一回……。
左近 霞ちゃん、あんたまさか神通力を。
霞 そ、そんな事しません。
春之助 先生邪魔です。どいてください。
霞 いやでも……。
左近 霞ちゃん退場する?
霞 はい、どきます。
霞、すごすごと場外に退く。
左近 大丈夫か重太郎殿。
重太郎 たぶん……。
左近 顔が赤いが。
重太郎 初めて……なので。
左近 はい?
重太郎 困った。奪われた……。
左近 んんんんん?
重太郎 は、早くはじめてくれ。
左近 では両者構えて。はじめッ。
はじめの合図で重太郎の顔に気合が満ち春之助を睨んだ。それを見た春之助は臆して顔が引きつる。手が震えた。だか意を決した春之助は気合と供に目くら滅法の剣を重太郎に打ち込んだ。
春之助の木刀が胴を薙いだ。重太郎は動けなかった。
左近 一本。それまで。
春之助は肩で息をしている。
春之助 勝ったんですか。
重太郎 俺の負けだ。気合で負けた。
春之助 よ、よかった……。
左近 でかしたぞ春之助。会津藩剣術指南役は有馬春之助といたす。
霞 春之助。まさか勝てるとは思わなんだ。
春之助 先生のお陰です。……父上、私は指南役を辞退します。
左近 な、なにを申す。
春之助 有馬家は継ぎますが指南役は私には無理です。剣術指南役を引き受ければ私は無理やり修行して自分を偽らなければなりません。そんなのはガラじゃない。わたしに出来ることは一つだけ。ありがとう静香さん。君が私の中に確かにいてくれたから勝てました。女みたいな男だけど私はあなたを守ります。たった一つだけ、それが出来そうです。
静香 今更です。私は許婚ですよ。
春之助 でしたね。
左近 馬鹿を申すな春之助。それではご先祖様に申し訳がたたんぞ。
霞 お主は自分の倅の人生を先祖のために使えと云うのか。
左近 しかしおババ……。
霞 昔夫婦約束した女をまたババア呼ばわりしたな。
左近 ごめん、霞ちゃん。
春之助 父上、夫婦約束ってなんです。
左近 それはその……。
霞 二人は若い頃好き合い惚れた仲じゃった。しかし憹が神様から神通力を授かったおかげで二人の魂が入れ代わる入れ代わる……で、結局別れる事になった。憹もそれに納得した。しかし、二人とも悔やみながら生きてきた。左近、春之助は自分の足で歩き出した。それで有馬家が潰れるわけじゃないだろう。
左近 ……分かった。当主はお前だ好きにしろ。
春之助 はい。
重太郎 あの、俺帰って良いですか。一応主人に負けたと報告しなきゃいけないし。それに……(霞を見て)照れくさい。
霞 どうぞ。ご苦労様でした。
重太郎、霞をチラチラ見ながら去っていく。
霞 ところで、どうして重太郎殿と憹は入れ代わらなかったんじゃろう。神通力がなくなったのかの。
左近 忘れたのか。お前は惚れた男と接吻したとき、魂が入れかわる呪いを神様にかけられたんだろう。
霞 ああ、そうだったわ。歳とって忘れてた。
左近 霞ちゃん春之助に惚れたのか。お盛んじゃな枯れ木なのに。
霞 うるさい。老木も暖かくなれば花くらい咲くわ。
音楽イン。
静香の声 ともあれ春之助さんは家督を継ぎ当主になった。有馬家は指南役を辞退した事で禄高を減らされたが、嫁になった私と旦那様の春之助さんは内職をして共に頑張った。そしてその数年後、二人の間に子供が生まれたのはまた次の話だ。
賑やかに幕。