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椅子と影と室外機

この椅子は、空気に描かれた絵だ。

きっと繊細な心の持ち主が
どんな些細な傷も描き漏らすまいと
柔らかに目を細めながら
丁寧に丁寧に
空気の上に油絵具を重ねに重ね
ホログラムのように空間に浮かび上がらせた
本当はそこにはない
しかしあたかもそこにあるかのような
とても小さく可愛い3次元の椅子だ。

だって、室外機の前に座る人はいない。
いかにも汚い温かさの風が
ぶはぁぶはぁと押し寄せて
ばしばしと目に細かい埃が入ってくる。
だからこの椅子は、現実にここに存在するはずがないのだ。
無機物の前に投げ出された
懐かしい陽だまりの抜け殻。

なーんて。
ここにちゃんとありましたよ、もちろん。
でも、不思議。なぜ室外機の前に?
木製の可愛らしい小さな白い椅子。
何歳の子供が座ると可愛いかな。

大きな菩提樹の下
透き通る青い空が木陰からかすかにのぞく
パパの腕のように太い枝から垂れる
ロープでできたブランコが揺れる
そこに、この白い椅子があったら?
白いぷくぷくほっぺたの
ベビーから小さなお姉さんになるくらいの
食べたくなる笑顔のあの子が、この椅子に。

室外機の風が、遠くに遠くに運んでくれる。
空間に描かれていたのは、あの子の影が消えた椅子。

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