【300字小説#8】かぞく
たけやーさおだけー
枯れ切った母の手からチューブが何本も生えている。画像だったら生き死にはわかりそうもない。ピッピッというモニター音が辛うじて命を繋いでいる。
たけやーさおだけー
窓の外から馴染の声。何十年ぶりだろう。地元を離れてから一度も耳にしていない。入道雲と蝉の声に混じりあう思い出に、幽かに響く安いスピーカの声。
たけやーさおだけー
父はいないことになっていた。僕の世界に父はいなかった。父親は害悪だからと母は笑う。父親は害悪だから子供のところに戻るべきではないと。父になれる年齢をとうに過ぎた僕は、これからも父を知ることができない。
そうだ。母の遺灰を全部舐めてしまおう。父の味がするかもしれない。