#10 こ:固形燃料
「おれ、今から原始人になるわ。」
そう言って友だちは消えていった。
果たして彼はなぜこんなことを言い残していったのか僕には分からない。
彼とはもう数十年にわたる仲である。彼はなぜそんなことを言い残していったのか、僕には本当にわからない。本当に、わからない。
くそっ……なんでだ!何で数十年も一緒にいるのにわからないことが出てくるんだよ。ありえねぇだろ。……悔しい。僕にわからないことがあるだと……⁈
許せん、許せん、許せん……!僕はその友だちが何を考えているのかわかるために、今から人を殺しに行くのかと殺気に迫る勢いであった。全身に行き渡る血管に熱流を感じていた。
あいつにできて僕にできないわけがない。そう思った僕は熱がおさまらない血管と今にでも沸騰して湯気が出んばかりの頭を抱えながら手始めに電気を捨てることにした。すぐさまに部屋中の電気を消しては携帯やタブレットの電源も切った。あいつにできて僕にできぬことがあるわけがない……!!
そうこう考えてる内に全身中が熱を帯びてきたため風呂に入ることにした。当たり前のように服を脱ぎ捨て裸一丁で風呂場に立った僕。風呂……!風呂は電気じゃないか!風呂……!風呂に入れないだと……⁈いやいや、まてまて。あいつにできて僕にできないことがあるわけがない。許せん。絶対に実行してやる……!!のぼる血を抑えることもできぬまま、僕は一度脱ぎ捨てた服を再度着るという誰かに見られていたら恥ずかしいこと極まりない行為をやってのけた。今の僕は原始人検定があるなら3級はクリアしたことだろう。
くそっ……!なんだってんだ!!許せん、許せん、許せん。電気を捨てたのにまだ彼の気持ちがわからないだと……⁈風呂に入ることもできず全身に行き渡る血管はついには血眼になるほどの勢いになっていた。どこもかしこも今すぐにでもブチッとどこかの血管がぶっとんでもおかしくない勢いだ。許せん許せん許せん…!
くそっ!今度はガスもやめてやるぞ。なんだってんだ。あいつにできて僕にできないわけがないだろう…!よし、任せろ。ほらみた、僕は今ガスを止めたぞ。そういってはガス元を閉める。なんだか体力を使った僕はお腹が空いてしまった。いつものようにカップ麺を棚から取り出す。汗だくな状態で食べるカップ麺も悪くない、そう思いながらつくろうとする僕。お湯……!お湯は電気じゃないか!お湯……!電気ケトルを止まらぬ血眼で睨み続ける。いやいや、やかんで沸かせばいいじゃないかとそこで約数分前に自分が止めたガス栓を思い出す。なあああにいいいいい!!なぜだ!!ガスがいるじゃないか!!だめだ、これじゃあ、ダメだ。あいつのいうことなど分からん。許せん許せん許せん。絶対わかってやる……!!止まらない勢いは僕の服を燃やしていった。ついに体の中に溜まる血管の渦が僕の体を発火させたのだ。
ははっ、見たか。ついに僕は自ら熱をつくりだしたぞ……!体中にわたる熱が服から髪から皮膚にまで焼き染めていく。俺の熱意はこれだけじゃないんだ!わかった!わかったぞ……!!あいつは僕にただならぬ熱意を灯したかったんだな!そう思いながら部屋の中央に這いつくばる僕。そして今気づいたが部屋中の電気を消していたと思っていたがどうやらテレビを消すことを忘れていたようだ。しかしながらそんなことは今の僕にはどうでもよく彼の気持ちをわかることができたことに満足し先ほどまで燃えていた熱意が鎮静していくことを全身で感じては床に大々的に這いつくばり寝転んでいた。服も髪も燃えてしまった僕はただただ部屋の中央で意識が遠のくように原始人になれたことを噛み締めていた。
つけっぱなしであったテレビからニュースが流れる。「今夏は、熱中症にお気をつけください。昨今は燃え尽き症候群に変わる固形燃料病が流行っているようです。熱意に駆られて体が燃えてしまわないようにお気をつけください。」アナウンサーの声に続いてコメンテーターの声が部屋中にひっそり響く。「今は人間も可燃物資源になってしまわれたのですね。」「そうですね。人口増減に伴いこの固形燃料化を狙った犯罪も起きているようです。何事にも熱気になりすぎて加害者の燃料に用いられないように気をつけたいものですね。」
ドアが開く。固形燃料と化した僕を目視で確認した友だちがソファに座りつつも流れるテレビの音声を閉ざすように消した。