イナカの子(8)
イナカの日常と非日常
【第8話: 爆裂ミッドナイト】
アラタが高二の夏だった。
お盆が過ぎ、鳴くセミの声が
クマゼミの「シャウシャウ」や
アブラゼミの「ジワワワワ」から
ツクツクボウシに変わる頃。
毎年、庭の柿の木に
ツクツクボウシが鳴き出すと、
アラタは網や棒切れを振って
それを追い払うのが恒例だった。
ツクツクボウシに何の罪も無い。
「あー!あの声聞いたら
宿題急かしに来た気がするっ!」
完全な濡れ衣に、
セミも迷惑な話じゃないか。
自然界の動植物は、
カレンダーなど無くても正確に
季節の流れを知っている。
セミもそうだし、鳥もそう。
ご存知だろうか?
ウグイスが一番よく鳴くのは、
春ではなくて、初夏なのだ。
春に鳴くのは、まだ下手くそで
音痴なウグイスの練習なのだが、
まだ他の鳥が鳴き始める前の
寒い時期だから、際立っている。
それが真実。
完璧な発声で美しいさえずりは、
緑濃い5月頃の朝がピークだ。
縄張りを主張する美声だが、
バトルになれば、複数重なり
かなりうるさい。
早朝の、まだもう少し寝たい
そんな時間に、彼らはまるで
ラップバトルよろしく
激しく鳴き交わす。
そこへ、負けじとばかりに
爆音でさえずる野鳥の一種、
コジュケイが乱入すると、
とても安眠などしていられない
野鳥による騒音災害が発生だ。
「小鳥の声で目覚める
穏やかなイナカライフ」
そんな幻想は、都会人による
フィクションに他ならない。
ホーホケキョッ!
ケキョケキョ!ホケキョ!
(ウグイスバトル)
コーッ!コッチャコッ!
コッチャコッチャコッ!
(爆音コジュケイ)
テッペンカケタカッ!
テッペンカケタカッ!
(ホトトギス)
初夏のイナカは、朝からとても
やかましい。
そんな話はさておき、
アラタが宿題の消化で
消耗し始めた頃の事。
ドーーーーン!!!
深夜、物凄い爆発音に
飛び起きた。
衝撃波がビリビリと、
窓のガラスを震わせる。
最初の大きな音に続けて、
腹に響くような破裂音が
幾つも重なって鳴り渡る。
何か、笛を吹くような
ヒューヒュー鳴る音も聞こえる。
アラタは、似たような音を
よく知っていた。
宇宙戦艦ヤマトが、
ガミラス星を滅ぼした時の、
波動砲発射からの、砲撃連射音。
その音に酷似していた。
爆発音に混じって、
ズシーン!ズシーン!と
重々しい足音も聞こえる。
巨大ロボット兵士が
進撃する音のようだ。
(巨人のアニメはまだ無い)
戦慄した。
アニメの世界は大好きだが、
現実にそれを体験したくはない。
誰だってそうだ。
世界中の人がそう思っている。
なのに、何故、一体誰が
戦争なんて酷い事を
起こしたがるのだろう?
アラタは混乱し、窓を開けた。
柿の木と、納屋の屋根越しに
明るく照らされた夜空が見えた。
爆発音は続いている。
ヒューヒュー音と、ズシーンも
途切れずに鳴り続いている。
何が起こっているのか?
どこかの国とか、星の軍勢が
攻めてきたのか?
何故このイナカを?!
川の堤防には、
近所の人が集まって来た。
アラタの父と弟は、
既に自転車で走り去っている。
逃げたのではない。
野次馬根性だ。
パニック映画なら、一番に
撃ち殺されるタイプのキャラだ。
「あの辺りかぁ」
博識で温厚な、隣家のおじさんが
アゴを撫でつつ、呟いた。
「ありゃ、花火工場が火事やな」
「花火工場?!」
初耳だった。
聞けば、ここから数キロ南の
山中深い所には、
隣町の花火会社が所有する
作業場があるのだと言う。
ほとんどの人が知らなかった。
つまりは、こういう事故の
危険があるから、
人里離れた山の中で
ひっそりと営まれる
職業なのだろう。
爆撃でも侵略でもなさそうなので
アラタたちも、野次馬と化した。
堤防を川下へと歩き、
見晴らしの良い橋へ出た。
それは、恐ろしくも美しい
現実離れした光景だった。
色とりどりの火花が重なって、
オーロラのように夜空を染める。
時々、黒いドラム缶らしきものが
火の尾を長く引きながら
空を飛び、田んぼや道路に落ちて
ズシーン! と音を響かせる。
ヒューヒュー鳴るのは、
打ち上げ花火に仕掛ける
笛の音だったようだ。
やがて、大量の消防車や
パトカーのサイレンが聞こえ始め
野次馬たちも、現実を取り戻す。
燃えるものが尽きたのか、
火花も爆発音も、徐々に弱まり
数を減らしていった。
あれから何年経っても、
アラタの脳裏には、あの夜の
恐怖と高揚が残っている。
美しい花火を見るたびに、
それが秘める怖さも思い出すのだ。
夏休みが明け、
新学期が始まった。
最初の英語の授業では、
白い紙が一枚配られた。
「この紙に、夏休みで一番
印象に残った事を英語で
作文して下さい」
教師は事も無げにそう言うが、
生徒たちは頭を抱えた。
アラタは真っ先に、あの夜の
爆発事件を書こうと決めたが、
英作文に悪戦苦闘するうち、
途中で時間切れを迎えた。
「途中でもいいから~」
と、教師が言うので提出し、
そのまま忘れてしまっていた。
後日、アラタは英語教師から
呼び出しを受ける。
「な、何ですか?」
呼ばれる理由が解らずに、
アラタは質問を投げる。
「おお!お前が書いた作文な」
教師は、書きかけの英作文を
アラタの前でヒラヒラさせた。
「これ何?!何が起きた?!
だってお前なぁ、ここで終わる
って、気になるやないか!」
「は?!」
教師が言うのも無理はない。
アラタのたどたどしい英文は、
深夜に爆発音が聞こえ、
私は飛び上がるほど驚いて…
で、途切れていたのだから。