イナカの子(6)
イナカの日常と非日常
【第6話: カメテロ事件】
イナカの少女、アラタにも
青春時代が訪れた。
高校生の頃、彼女はとある
バンドにハマる。
まだ携帯も、インターネットも
一般的には普及しておらず、
ましてや正統派イナカの高校生は
ライブに行くのも大変なのだ。
ファンクラブの情報を基に、
チケットを買うのがまず困難。
電話での購入は熾烈な戦いで、
ダイヤル式の黒電話が
家に一台あるだけの家庭が
まだ多数派のイナカ住まいでは
プッシュ回線多数派の
都会のファンに勝てっこ無い。
では、どうやって入手する?
通常のライブチケットならば、
ファンクラブに入会することで
優先販売の利用が出来た。
問題は、時折開催される
地方限定シークレットライブ。
優先販売なし。
チケット販売店の店頭で
直接買うしかないのである。
夜明け前、ローカル線の始発で
街のチケット屋へ向かう。
真冬のイナカは寒い。
商店街は静まり返り、
カラスや野良猫が、飲食店の前で
生ゴミを漁っている。
そんな光景は都会にもあるが、
イナカはそこへ、タヌキ、イタチ
時にはキツネまで参加していた。
「フッ!」
アラタは不敵な笑みを浮かべ、
スキー客並みの防寒スタイルで、
大きな鞄を肩から下ろした。
彼女の推しバンドは、
テレビにほとんど出演しない。
当時の芸能情報は、まだほとんど
テレビから得るのが当たり前。
ライブを主体に活動し、
メディア露出の少ない曲者は、
田舎での知名度が異様に低い。
つまり、イナカの不利を
逆手に取る作戦である!
「一番乗りーっと!」
果たして二番目が現れるのか?
そんな疑問も無くはないが、
アラタは勝利を確信した。
極寒の夜明け前。
開店時間まで、四時間以上。
人通りの無い商店街に、
女子高生がたった独り、
折り畳みイスで漫画を読む。
都会では、また、令和では
考えられない無用心さだが、
当時のイナカでは、さほど
物騒でも無いのが救いである。
チケット屋の開店時間が近付き、
店員がシャッターを上げる頃、
アラタの後ろには、
ちょっとした行列が出来ていた。
ただし、全員がアラタの
ライバルでは無い
チケットの販売日は、
他のバンドやアイドルとも
被っているので、
ザッと見、大半は大人気の
女性アイドル目当てと思われた。
外見から、そう確信した。(笑)
アラタの後ろに来た男は、
(えっ?!) という顔をした。
自分が一番乗りだと思ったのだ。
まさか、この寒空の下、
雪山遭難したかのような
女子高生に先を越されるとは!
「あのー、誰のチケットを?」
ボソボソ訊かれたアラタは、
自信満々に答えたが、男の反応は
「…?」
だったけれど、気にしない。
「お待たせ致しましたぁ。
前でお待ちの方からどうぞ~」
店員の誘いは、アラタにとって
勝利の女神から投げられた福音。
こうしてアラタは、
競争率バカ高の貴重なライブに
参戦する権利を勝ち取った。
子供の頃、アラタはイナカ在住の
不利をそう感じはしなかった。
が、いざ成長するにつれ、
都会とイナカの格差というものを
ジワジワ感じ始めていた。
特に、バンドの推し活を
始めてからは、如実にそれが
身に染みた。
平日のライブに行けない。
学生にしろ、社会人にしろ、
ライブ会場までローカル線と
電車を乗り継いで片道3時間。
6時開演のライブに行くのは、
まず不可能と言える。
帰宅してシャワーでも浴びて、
最高のオシャレを決めて
ライブに向かえるのは、
会場から近い、都会ファンの
特権なのである。
限定開催のシークレットライブが
守備範囲ギリギリの大阪で
週末に行われる!
こんなラッキーは、滅多に無い。
アラタは燃えに燃えていた。
何度かライブに通ううち、
会場で知り合ったファン同士の
友達も数人出来た。
夏休みなどのライブなら、
都会に近い友人宅へ、
泊まりの参戦も可能になった。
イナカの少女はイナカなりに、
生きやすい工夫というのが
あるものだと悟る。
さて、待ちに待ったライブ当日。
アラタは地元の無人駅から
ローカル線に乗り込んだ。
派手で華麗なパフォーマンスが
人気のバンドのライブなのだ。
間抜けなダサい服装では
参戦出来ないに決まってる。
一部の少女たちみたいに
メンバーのコスプレまで
出来ないが(裁縫苦手だし)
自分なりの精一杯は、
充分イケてるのでは?
と、自画自賛。
が、そのいでたちは、
田んぼの中の無人駅には
想像以上に派手過ぎた。
村の主婦のウワサ話は、
現代のネットニュースより
速く広がるものなのだ。
それが悪いイメージにならぬよう
普段の素行と成績には
ずっと気を付けている。
愛想良く挨拶が出来、
学校の成績が良い子の行動が
多少ブッ翔んでいたとしても、
イナカではそう悪く言われたり
しないものなのだ。
アラタは上手くイナカでの
生きるコツを身に付けた。
しかし、アラタを阻む敵は
意外な所から現れた。
『お急ぎの所、大変ご迷惑を
おかけします。只今ポイント
故障のため、発車が遅延して
おります。発車まで今しばらく
お待ちくださいませ』
車内に流れたアナウンスに、
アラタは思わず
「はぁ?!!💢」
と声を上げる。
ボロっちいローカル線を降り、
スマートな都会行きの
快速電車に乗ってホッとした
彼女を最大のピンチが襲う。
大阪まで1時間と47分からの、
乗り換えて約20分
開演前に友人たちと待ち合わせ、
席の確認と軽い食事。
アラタがこの日をどれだけ
心待ちにしていたか!
絶対に、遅れたくはない。
まして、行けないなんて事…
幸いにも、ポイント故障は
比較的に短時間で解決した。
余裕をタップリ持ち、
家を出たのも幸いした。
携帯電話が無い時代。
アクシデントを待ち合わせ相手に
伝える術すら無い時代。
そんなに遠い昔ではないのに、
もう歴史の授業で聞いたような
不思議な気持ちになる。
待ち合わせに間に合い、
友人たちと楽しい時を過ごしつつ
アラタは彼女らに、
今日の不運を語っていた。
「そりゃ大変やったなぁ」
「でも間に合って良かったやん」
「で?故障の原因って何?」
アラタは一瞬口ごもり、
それからありのままを話した。
あの時、アラタの耳に届いた、
あり得ない事実の話を。
『大変長らくお待たせを
致しました。当列車は間もなく
発車いたします。
尚、ポイント故障の原因は、
ポイントの間に亀が挟まり、
動けなくなっていた為でした。
ご迷惑をお掛けし、誠に申し訳
ございません。また、亀は無事
川へ放しましたので、どうぞ
ご安心下さいませ。』