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イナカの子(4)

街の少女、イナカへ行く


【第4話: イナカ列車で行こう】

とある月曜日の朝、
イナカの小学校は、
少しざわめいていた。


「今日から新しい
先生来るんやて?!」

「先生やなくて、教育実習やん」

「女の先生らしいで!」

卒業までメンバー変化の無い
少人数の小学校で、
新しい先生の着任は
とても大きなニュースなのだ。

「先生来たっ!!」

教頭先生の姿を見て、
見張り役(自主的な)の男子が
飛び込んで来る。

ざわめきは、ヒソヒソに変わり、
アラタたちは席に着き、
お澄まし顔で背筋を伸ばす。

--- が?

「… えー…」

いつもは豪快な教頭先生が、
妙に困惑している様子。

「きょーとー先生!
きょーいくじっしゅーの
先生はっ?!」

子供たちの、キラキラした
期待の眼差しにさらされて、
教頭は、バーコード頭を
ハンカチで拭う。

「それがなぁ、
先生、まだ来てないんや」

「えぇ~~っ?!」

沸き起こるブーイング。
ありありと漂う失望感。

「遅刻なん?」
「寝坊や、寝坊!」
「事故とちゃう?」
「先生、車の運転出来んて」
「汽車(ディーゼル汽動車)が
遅れとるんかな?」
「さっき時間通りに通ったわ」

口々に憶測を発表し始めた
子供たちを手で制しながら、
教頭はその場を収束にかかる。

「まあまあ、そないにヤイヤイ
言うても始まらん。そのうち
連絡が取れたら教えるから、
それまで静かに自習や自習」

まだまだまだ、
スマホどころか携帯さえも、
SF映画の中にしか存在を
許されぬ時代の話である。

折り畳み式ガラケーが
登場した時に、

「!スタートレックのやつ!」

と、感動した世代が、
子供の頃のお話だ。


この町には、鉄道が通っており、
学校と駅の間には、
田んぼしか無くて、良く見える。

道に迷うはずもない。

駅からの所要時間は、
ゆっくり歩いても5分ほど。

ただ、ローカル線の悲しさ。
本数がものすごく少ない。

朝夕の通勤通学時間には、
上りと下り、各二本ずつ。
その他の時間は、一時間に一本。

利用の少ない午後二時台は、
0本という寂しさだ。

つまり、一本乗り遅れたら
遅刻は間逃れない。

「まあ、次の汽車では来るやろ」

教頭は、そう言って立ち去った。
が、その次の下り列車でも、
新任の先生は来なかった。

さすがに、先生方もザワついた頃
教育実習の先生は到着した。

予想に反した、上りの列車で。

「すみませんっ!!」

若い女性の実習生は、
全力で深く頭を下げた。

「電車のドアが…開かなくて」

彼女は、街の人だった。

列車と言えば、電車の事で
駅に着けば扉が開く。
それが常識の人生を送っていた。

「せんせー!電車ちゃう!
汽車やで、き・しゃ!」

お調子者の男子にツッコミされ、
実習の先生はまた、頭を下げた。

ローカル線の汽動車は、
手でドアを開けないと開かない。

新生活の期待と不安の中、
駅に着いた彼女はそれを知らず、
ドアが開くのを待っていたのだ。

ああ…

彼女のショックはどれほどか。

無情のドアを閉ざしたままで、
列車は走り出したのだ。

新しい職場である
小学校の真裏を通り過ぎて。

都会の電車なら、
まだリカバリーは難しくない。

次の駅で列車を降り、
反対行きの列車に乗れば良い。
大したタイムロスも無く
遅刻したとしても最小限だ。

しかし、イナカは甘くなかった。

ローカル線は、一駅間の距離が
ものすごく長い。

特に、彼女が乗り過ごした
この駅の間は、路線の中でも
最長距離なのが不運だ。

しかも、単線。
線路が一本しか無いので、
列車がすれ違い出来ないため、
駅で待ち合わせて交差する。

うまく次の駅で、待ち合わせが
あれば良いのだが、
そうでない時は…

「折り返しまで乗って来ました」

つまり、その列車の終着まで行き
折り返して戻って来たわけだ。

乗っていると、降りる客がドアを
手で開ける姿を目にし、
彼女は己のミスを悟ったと語る。

都会から来た人にありがちな、
悲しきイナカあるあるだった。


とんだ教育実習デビューとなり
初日から凹んだ若い教師の卵は
お陰で一気に存在感を獲得し、
のどかなイナカの学校で、
実りある実習期間を
無事に終えたのだった。

実習を終え、彼女か去る日、
彼女と、数人の生徒は泣いた。

そして、子供たちから贈られた
餞の言葉はコレだった。


「駅に着いたら、ちゃんと手ぇでドア開けるんやでーっ!」




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