ライチ
タイで妊婦をしていたあの頃、私の食を救ったのは路店のフルーツだった。
マンゴスチンにランブータン、ドラゴンフルーツにモンキーバナナ。ライムを絞ったパパイヤ、注文するとその場でカットしてくれるスイカ、マンゴー。
どれもが最高に美味しくて、慣れない土地での身重でもその瞬間は最高に幸せだった。
中でも忘れられない味がある。
それは、ライチ。
旬になると枝についたままの、プリップリが束になって売られる。ビニール袋に溢れそうなほど詰め込まれたライチ。大粒のものが30個は入っていた。
もう随分年月が経ってしまっていて値段は定かではないが、300円くらいだったと思う。
夫はそれをあまり好まなかったから、買ったものはほとんど1人でいただいた。
旬の間は毎日。
薄くて少し固い皮をめくるとジューシーな果汁が滴って、それが皿へ落ちてしまうのが惜しいと思うほど好きだった。
私の中でのフルーツNo.1はこの時からずっとライチで変わっていない。
夏の暑い日になるときまって、日本では出会う事のできないあの果実に思いを馳せる。
それは今年も同じだった。
しかし今年は違った。
想像するだけに留まらず、なんとライチを食したのである。
もちろん、枝付きプリプリとは程遠いが業務スーパーで冷凍のものを見つけたのだ。
長男の誕生日を控えたある日、彼が食べたいものリストの中にあった驚きの3文字。
『ライチ』
私からライチの話をした事はない。
夫も然り。
しかし長男はライチをご所望であった。
どうしたものかと頭をかかえていた矢先、たまたま入った業務スーパーで見つけたのがあの冷凍のもの、だった。
歓喜!!
もちろん現地で食べたあの味には敵わない。
しかし、思ったよりも美味しいと感じた。
その数日後、長男は言った。
「俺が1番好きなフルーツはライチ。」
細胞に刻み込まれた記憶ってすごい。