ソルクバーノの旅
お酒は好きな方だ。ビールにワインに日本酒となんでも飲むが、いつからか振る舞う方が好きになった。特にカクテルが気に入っている。親しい仲間へその時の気分に合わせた一杯を。さらにちょっとした驚きや新鮮さが加われば、それは特別な時間と空間になる。
ソルクバーノに出会ったのは金沢へのひとり旅だった。Spoonという名の小さなBar。裏通りの静かな佇まいに躊躇しながらもドアを開けると、気さくなマスターが迎えてくれた。「さっぱり系でアルコール強くないのを」。そうして出てきたのがこのカクテルだった。
スッと縦に伸びたコリンズグラスを氷で満たす。ラムを注いだらグレープフルーツを絞りいれ、トニックウォーターを加えてマドラーでひと回し。Sol Cubano、キューバの太陽という意味である。
カウンターだけの小さなお店だが、ひっきりなしにお客さんが来ている。当時でもう30年ほど続いている老舗Barだったが、「うちは子連れOKなんですよ。お店開いて最初の頃に来てくれてた学生さんや社会人なりたての人なんかが常連さんになって子どもができたりしていてね。家族でぜひ来てください、そう言ってるんです」。そんな雰囲気が気に入って、2泊の旅でそれぞれ3時間近く入り浸ってしまった。
長く居座っていると、このカクテルが「さっぱり系」というオーダーへの、マスター細田さんのお気に入りであることがわかる。僕の後も何人も飲んでいた。もちろん美味しいし、居酒屋だと甘いジュースで割るイメージのあるラムをすっきり飲ませるのはきっと普通の人にも面白い。それ以降ソルクバーノは、自分の中でもさっぱり系の定番になった。
それから数年がたち、仕事で神戸を訪れた。せっかくなのでどこかいいバーはないだろうか。調べてみるとさすが神戸、そこかしこに名店がある、らしい。ふむふむと見ていると、SAVOYというお店のクチコミに目が止まる。
「ソルクバーノ発祥の地」「ソルクバーノはサヴォイ北野坂の木村義久が考案し、1980年第1回トロピカルカクテルコンテストで1位を獲得」。名前からてっきりメキシコ発のカクテルだと思ってました。まさか日本発のカクテルだったとは。しかも本家は一般にBarで作られるそれと全く別物とのこと。これは行かなくては。
タイミングよく本家のマスター木村さんがいる日で、さっそく作っていただいた。テーブルに出されてびっくり。輪切りのグレープフルーツでグラスに蓋がされ、ストローが刺さっているではないか。今まで冒頭に書いたようにコリンズグラスで出てくるものしか見たことがなかったので、これが本家というのは意外だった。グラスも大ぶり。ストローも、オーセンティックなバーでは正直珍しいですよね。
メキシコからやってきた暑いビーチでさっぱり飲むようなお酒だと思っていたら、本当は日本のバーテンダーが考えた遊び心に溢れる楽しいカクテルだった。
当時SAVOYのテーブルにはマスターのオリジナルカクテルをまとめたアルバムがあって、思い出話を聞きながらオーダーしたりと楽しい一晩だった。(このアルバムは今ではなくなってしまっているよう。残念です)。
その後、金沢のBar Spoonには夫婦で旅行の折にも訪れた。当時と変わらぬマスターにお願いして、妻にもソルクバーノを作っていただいた。
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