ウルトラマンアークが開いた「記号論」のとびら
私にとってウルトラマンは、科学の面白さを教えてくれる特撮です。
人智を超えた能力を持つウルトラマンの活躍と共に、既知の科学を使って頑張る人々の奮闘劇が、見どころのひとつだと思います。
私がウルトラマンに興味を持つきっかけとなった「ウルトラマンZ」と「シン・ウルトラマン」は、その魅力が特に大きい作品でした。
賢くて、そして熱い大人たちのかっこよさは、ウルトラマンに勝るとも劣らなかったです。
さて、ウルトラマンが描く「科学」の世界は、自然科学やメカニックといった、いわゆる「理系」に属するものが多めです。
ところが、最近私が観た「ウルトラマンアーク」の第11話と第12話は、その枠に収まらない「科学」の魅力を知ることができるエピソードでした。
とある宇宙人とコミュニケーションを図るお話なのですが、その中で「言語学」あるいは「記号論」が関わってきたのです。
「ギヴァス」という言葉の意味は?
ウルトラマンアーク 第11話「メッセージ」と第12話「お前はギヴァス」は、できるだけ事前情報なしでご覧いただきたいお話です。
以下、最低限必要な部分だけに絞ってあらすじを述べます。
事件のはじまりは、宇宙から突如として巨大なロボットが着陸したこと。
地球由来の怪獣と戦ったり、現れたウルトラマンを迎え撃ったりしますが、それ以外の攻撃はせず、ただ直立不動を貫きます。
そして落ち着いたロボットは、謎の音声を繰り返し発するようになりました。
その音声の中に「ギヴァス」と聞き取れるフレーズが含まれていたため、ロボット自体の呼び名も「ギヴァス」に決定。
怪獣対策に関わる人々は、町の真ん中に突っ立っているギヴァスにどんな対応を行うか、考えることになりました。
重要なのは、ギヴァスが地球の敵なのか、そうでないのか。
主人公の飛世ユウマ(怪獣防災科学調査所の研究員で、ウルトラマンになれる)は、ギヴァスが子どもを助けたかのような瞬間を目撃したため”敵ではない”と信じますが、証拠はありません。
唯一の手がかりは、ギヴァスが発する謎の音声。
やがて「ギヴァス」以外のフレーズの解読に成功し、彼が発する音声は、次のような意味であることが明らかになりました。
「この星に 私の ギヴァス は いるか」
「私は お前の ギヴァス に なりにきた」
「意味」をめぐる物語の結末
ここから、ギヴァスの正体に関するネタバレを書かせていただきます。
第11話のラスト、ギヴァスの母星(「メグマ」)が”太陽を持たない星”であると仮定して言語体系を分析すると、「ギヴァス」という言葉を翻訳できることが判明します。
「ギヴァス」の意味は、「道をさまたげるもの」。
つまり、「敵」。
音声の意味は「この星に 私の 敵 は いるか」「私は お前の 敵 に なりにきた」ということになるので、ギヴァスは地球侵略を狙う敵である、という結論に。
ユウマがギヴァスを信じたことは、間違いだったのでしょうか。
・・・これで終わらないのが、「ウルトラマンアーク」です。
続く第12話。ギヴァスとの対話を諦めなかったユウマと仲間たちの手で、その結末はひっくり返ります。
追加調査の結果、メグマ星では、月が出ている時と出ていない時で、意味が変わる言葉があると判明。
月が出ているとき、ギヴァスの意味は「友」になる。
ギヴァスが繰り返し伝えていた本当のメッセージは、「この星に 私の 友 は いるか」「私は お前の 友 に なりにきた」。
すなわち、ギヴァスはやっぱり友好型だったのです。
ちいかわの逆バージョンなのです(伝われ)。
かくして、ギヴァスを敵と断定した第11話から一転し、ユウマとウルトラマンはギヴァスを救うために戦うことになるのでした。
ウルトラマンが見せた「ことばの科学」
「ギヴァス」は時間帯によって意味が真逆になるというのが、このエピソードのどんでん返しを支えるトリックでした。
「道をさまたげるもの」の解釈や「お前」が指す相手がカギになるかと思ったら、それらは全てミスリード。
「”敵”という最初の訳がそもそも”逆”だった」という真相に驚いて、変な声が出てしまった私です。
前後編の前編の”引き”が丸ごとフェイクだなんて、そんなのアリか・・・!
ところが、改めて考えてみると、そのような言葉は地球でも見つけることができます。
「ギヴァス」の事例は、けっして宇宙の言語だからこそ起こったイレギュラーではありません。
例えば、「water」は、温度によって日本語訳が変わる言葉です。waterは高温の「湯」を表すこともあれば、低温の「水」を表すこともあります。
水は素手で触れても安全ですが、湯を素手で触ると火傷の危険がある。だから、単に「水」と訳すだけでは間違いが生じるかもしれません。
「ある言葉が指す内容が状況によって異なる」というのは、言語学や記号論に関連するテーマだと思います。
今回のウルトラマンアークは、こうした学問の入り口になるかもしれないお話でした。
専門家ではないので厳密なことは分かりませんが、「ある1つの言葉が何を指すのか」の範囲は、文化の特性に応じて大きく変わる場合があると聞きます。
例えば、雪が身近にあるフィンランドの言語では、雪の種類に応じてさまざまな呼び名があるそうです。
同じように、ギヴァスの母星であるメグマにも”太陽がない”という特徴があるため、それが言語に影響を与えている可能性はきっと高いはずです。
これは私の考えに過ぎませんが、「ギヴァス」という言葉は、彼らの文化における「空」あたりが語源だったのではないかと思います。
12話でユウマがメグマ星人と対話した時、「進むべき道を照らす友」という表現が使われていました。これは、当初の「ギヴァス」の意味であった「道をさまたげるもの」と対比になる表現です。
もしもメグマ星に、月の有無に関わらず「空」を指す言葉があったとすれば、
その空は、月が出ている間は「道を照らすもの(≒光源)」であり、月がない間は「道をさまたげるもの(≒暗闇)」になるので、意味が通ります。
インターネット上では、私の他にも考察をしている方が複数おります。
いずれも「ありえる」と思える説ばかりで、改めてギヴァスやメグマ星という設定の奥深さを実感しました。
違う文化の相手と分かり合うためには、「ことば」について学び考えることが大切。
そんな深いメッセージを感じられる、ギヴァスの物語でした。
私にとってウルトラマンは、科学の面白さを教えてくれる特撮です。
その「科学」は、かつて私が想像していた以上に広く、深いものでした。
科学を活用して町を守る人々と、それらでどうにもならなくなった時に力を貸してくれるウルトラマンを、これからも応援しております。なんだかんだでウルトラマンがいないとダメな時の方が多いことは、どうかご内緒で。