【連載小説】雨恋アンブレラ_7
【心の準備はいいか?】
そう表示されたファイルをダブルクリックした瞬間、パソコンのディスプレイには驚いた私の顔が映し出された。
え、と驚いてから気づく。画面がブラックアウトしただけだ。今の私の顔が反射している。首をかしげると、画面の中の私も同じようにした。
パソコンがシャットダウンされてしまったのかと思ったが、電源ボタンは黄緑色に点灯している。
マウスを動かすと、上にファイル名が表示されていた。【心の準備はいいか?】拡張子は.jpg。一面が真っ黒の画像、ということになる。
確かに驚いたけれど、手の込んだいたずらにしては、驚かされた側の達成感がない。「ドッキリ大成功」のプラカードを持った仕掛け人が現れたとしても、「ちょっと~!」と言うことすらできなさそう。むしろ、「それで?」と言ってしまいそうだ。
これで終わりなはずがないでしょ。続きは? と。
ウインドウを閉じると、当然だけど元の画面に戻った。いつものくせで、安全に取り外せることを確認してから、真っ白い2GBのUSBメモリーを抜いた。
部員の女の子に、私を名指しでUSBメモリーを渡した子は誰なのだろう。その子は「クラスの子じゃないかな?」と言っていたけど、クラスの子ではない可能性もある。交友関係は広くないけれど、私の名前くらいは知ろうと思えば知ることができる。でも、誰がなんのために?
考えれば考えるほど気味が悪くなって、考えても考えても答えにはたどり着けそうにもない。
そして何よりも、相手から接触してくれない限りは、USBメモリーを持ち続けるしかないことが気持ち悪かった。
***
焼肉はおいしい。おいしいけど、食べ過ぎると気持ち悪くなる。どんなにおいしいものでも、食後のデザート、お口直しが必要になる。
私にとってUSBメモリーのお口直しは、終バスで天海くんと一緒になったことだった。
先にバスに乗り込んでいた天海くんが、「おう、歌川さん」と私に気づき、隣の席に置いていた荷物をどかしてくれた。
私のために用意された特等席。
この数週間、いろいろなことがあったから、私は天海くんを意図的に避けるようにしていた。天海くんもそうだと思ったから、はじめて一緒に帰ったときのような距離感で接してくれるのがうれしかった。
たぶん、私たちはこのバスの座席くらいの距離感がちょうどいいんだ。
「最近はいつもこの時間?」
「うん。文化祭が近いから、どうしても遅くなっちゃって」
おまけに今日はUSBメモリーに振り回されていた。
「そっか。明日もこの時間かな?」
「わかんないけど、たぶん。どうして?」
あ、いや、と天海くんは窓のほうを見た。窓に映る天海くんと目が合う。
天海くんは振り返って、「一緒に帰りたいから。部活が終わるの、待っててもいい?」
「え」
天海くんはずるい。通路側に座っている私には、顔を逸らす場所がない。
「だめかな?」
「いい……けど」
でも、どうして、とは聞けなかった。それはその答えを私があまりにも簡単に予想できてしまったから。
「あ、そういえばさ……」
幸いにも、私は急な方向転換を可能にする話題を持ち合わせていた。放課後に起きた出来事をすべて伝えると、天海くんは顔をしかめた。
「なんだか、気持ち悪いね。その相手が男だったら、なおさら」
そういえば、男女どちらか聞くのを忘れていた。なんとなく女子だと思っていたのは、私に話しかけてくるような男子なんていないからだ。だけど、少し怒った天海くんの顔を見ていると、その可能性も少しくらいはあるのかと思い始めた。
たぶん天海くんは、相手が男子だと決めつけて、その相手をもう敵対視している。でも、内容はラブレターなんかではなくて、ただの嫌がらせだ。そう考えると、女子のほうがありそうなものだけど。
「ぜんぜん心当たりはないの?」
「うん。手がかりもないし」そういって、私はUSBメモリーを天海くんに見せた。「ふつうでしょ?」
「うっかり名前とか書いてあればいいんだけどな」
「何もないよ。2GBだけ」
「2年G組のBさんだったりして」と天海くんが笑う。「この中身、俺も見てみたいな」
自分のものでもないのに、私は「いいけど」と答える。言ったあとで、私は明日学校のパソコン室で見るつもりで答えたけど、このあと天海くんの家のパソコンで見ることになったらどうしようとよけいなことを考える。
「よし、じゃあ、あそこ行こう」
天海くんが名前を出したのは、私の最寄り駅にもある、チェーン店のネットカフェだった。「自分のパソコンで読み込むと、ちょっと怖いからな」
「それもそうだね」と言った私は、はじめて足を踏み入れるネットカフェという空間のほうが、よほど怖いなんて、知らなかった。
(つづく)
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