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木曽川水系ってなに?@ふらっとインフラ#2

第二回やってまいりました!ふらっとインフラシリーズです!
今回も私、オワDが記事を執筆させていただきました。拙い文章ではございますが、最後まで読んでいただけますと幸いです。
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それでは、ふらっとインフラの旅、いってらっしゃい!


木曽川水系の魅力と治水の歴史

「治水」って何を思い浮かべますか?

武田信玄? 加藤清正?
戦国武将が治水事業に精通していたという話、聞いたことがあるかもしれません。ですが、治水は「歴史ロマン」だけでなく、私たちの生活にも密接に関わる重要なテーマです。現代では洪水対策や防災の一環として捉えられ、国土交通省によると「水害を防ぐこと」がその本質です。

そして、治水の象徴的な存在が「木曽川水系」。
中でもオランダ人技師ヨハネス・デ・レーケが関わった"木曽三川(木曽川・長良川・揖斐川)"の整備は、今も多くの人に語り継がれています。今回の記事では、この木曽川水系の全体像を見ていきましょう!


水系って何?意外と知らない川の仕組み

「水系」という言葉、普段あまり聞き慣れないですよね?
国土技術政策総合研究所の河川用語集によると、水系とは「水源から河口に至る本川と支川のまとまり」を指します。もう少し噛み砕くと、山から湧き出た水が谷を通り、支川と合流して本川に成長し、最終的に海に注ぐ――この一連のつながりが「水系」です。

木曽川水系の主役である木曽川・長良川・揖斐川も、それぞれの支川と共に流域を形成し、濃尾平野を潤してきました。その規模は流域面積9,100平方キロメートルに及びます。それでは、三つの川の特徴を順に紹介します!

木曽川:私が育った地元の誇り

木曽川は、私が子どもの頃から慣れ親しんだ川で、その源流は長野県木曽郡木祖村の鉢盛山(標高2,446m)にあり、南南西に流れて岐阜県へ入ります。飛騨川などの支川と合流した後、愛知県犬山市で濃尾平野に出て、長良川と併流しながら伊勢湾へ注ぎます。

木曽川は、長野・岐阜・愛知を跨ぎながら流れる全長229kmの大河。特に、各務原市の川島町のように「川の中に町がある」という独特の地形が魅力です。流域面積は5,275平方キロメートルと、東海地方の生活や産業を支える重要な存在です。

長良川:ダムなき清流の挑戦

長良川といえば、岐阜県が誇る清流。その美しさは、金華山の景色とともに、多くの人々を魅了しています。

長良川の源流は岐阜県高鷲村の大日岳(標高1,709m)。山間を流れ、美濃市で濃尾平野に出た後、岐阜市を抜けて伊勢湾へと注ぎます。この川の特筆すべき点は、ダムがないことです。ダムがないため、長良川は100年に一度の洪水に耐えられるような、独自の治水対策が施されています。

自然の流れを最大限に活かしたこの川は、他の川とは一味違う防災の挑戦を体現しているのです。

揖斐川:徳山ダムが支える大河

最後に紹介するのは揖斐川です。私にとっては少し馴染みの薄い川ですが、支川である根尾川には、子どもの頃から何度も訪れた思い出があります。

揖斐川の源流は岐阜県藤橋村の冠山(標高1,257m)。この川は大垣市を通り、長良川と共に伊勢湾へ流れ込みます。揖斐川の象徴といえば、日本最大のロックフィルダムである徳山ダム。このダムは、石や砂の特性を活かした堤体構造を持ち、治水と利水の要です。

木曽三川の恩恵と課題

木曽川、長良川、揖斐川は、それぞれの個性を活かしながら濃尾平野を潤してきました。しかし、自然の恩恵には必ずリスクが伴います。木曽三川流域は古くから水害の多発地帯として知られ、江戸時代には輪中(わじゅう)と呼ばれる堤防が張り巡らされていました。

こうなった一因には豊臣秀吉による政策などがありますが、歴史的な背景を持つこの地域も、現代では、河川法における「治水・利水・環境」の三本柱を基軸に、河川整備が進められています。
この歴史、深ぼれば深ぼるほど美味しいので、そのうち皆さんにも歴史の一部をお届けしたいと思います!


まとめ

今回は、木曽川水系の全体像について紹介しましたが、これで終わりではありません!今後は各川の歴史、ダムや堤防の役割についても詳しく取り上げていきます。次回の特集では、日本の土木史ということで橋の歴史について取り上げたいと思います!

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