ツバキ文具店
「いいんですよ」
私をおぶったまま、モリカゲさんは春の夜に溶けそうな声で言った。
「えっ?」
葉っぱたちが、私とモリカゲさんの会話に耳を澄ます。
「だから、後悔しないなんて、ありえないんです。
ああしてあげればよかった、あの時あんなことを言わなければよかった、ってね。ボクも、ずっと思ってましたから。
でも、ある日気づいたんですよ。
気づいたっていうか、娘に教わったんです。
失くしたものを追い求めるより、今、手のひらに残っているものを大事にすればいいんだって。」
『ツバキ文具店』小川糸
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