舟のオール、29歳の悩み
「離婚て、どうやってするんだろう」
そう友人の里美から相談を受けた時、私は何も言うことができなかった。
「え、あんた離婚するの?」
私の口から出たのはただの間抜けな質問だった。
私と里美は大学の時からの友人で、社会人になってからも月に一度はごはんを食べに行ったり、お互いに結婚してからは年に1回は旅行をするような関係である。
里美の旦那さんは、私と里美と同じ大学の同期で、二人は大学3年の頃から付き合っていてそのまま社会人3年目くらいで結婚したように記憶している。
そんな誰もが憧れるようなシナリオで、仲良しのふたりとして認識されていた二人がなぜ、離婚するのか。
「自分の気持ちがわかんなくなっちゃった。」
そのあとに続けて里美はこう言った。
「本当はね、もうずっとずっと、自分の気持ちなんてわからなくなっていたの。そうだな、具体的に言うと4,5年前にはそうなっていたかな。何人か、他に好きな人もいたよ。」
その告白を聞いて、私はますます何も言えなくなっていた。
「突然ごめんね。本当は、こういうことは夫と話し合うべきことなんだろうけど、付き合った時からずっと話し合いを避けてきてしまったから、今更膝突き合わせて話すことなんてできないんだ。」
ここにもう答えが出ているのだろう。里美が相手と向き合って話し合う気持ちすらないのであれば、もうその関係は破綻している。
「彼のことを嫌いになったわけじゃないのよ。彼は本当に優しくて、愛の人だと思ってる。私が体調を崩せば、仕事があっても時間給を取って病院に連れて行ってくれたり、おかゆを作ってくれたりするの。
他の日には、朝早く起きてワカサギ釣りに行こうねって約束したのに、前日私が夜更かししたから起きれなくて、彼に起こされてぶち切れしてひとりで行って、なんてひどいことを言ったのに、怒らずにそのまま一緒に寝ててくれたり。
彼は、本当にいい人だと思う。これはあるいは自惚れなのかもしれないけれど、私は彼にちゃんと愛してもらってたと思う。
ただ、彼は私たちの間で何かあったときにいつも、困った顔をするのね。その顔を見るたびに、私はそれ以上何も言えなくなって、全部自分で抱え込んだりうやむやにさせてきたんだ。きっと、その時々で解決させてこなければいけなかったことをそのままにしてきたせいで、もう取り返しがつかないところまで来てしまったのね。すべては私の弱さが原因なのね。」
そう言うと、彼女もまた困った顔をして冷めてぬるくなったストレートティーを少し飲んだ。
「本当に、離婚するの?」
私に言えることは何もなかった。彼女の考えを否定することも、肯定することもない。彼女には自由でいてほしいというのが私の願いだ。
「離婚して、その好きな人と一緒になるの?」
今も好きな人がいるとは言われていない。ただ、里美のことだからいてもおかしくないなと思ってカマをかけたのだ。
「うーん、それはないかな。今好きな人はね、結婚していて子供がいるんだ。その人のことは3年前からずっと好きだけど、それ以上でも以下でもないから、この関係はきっと今後も変わらないよ。」
予感的中。やっぱり好きな人がいた。
でも、相手が妻子持ちで3年も片思いし続けているなんて、里美らしくなくて少し驚いた。
「もし離婚したら、自由になって身軽になると思うけれど、すごく落ち込むと思うんだ。その時は本当にごめんだけど、たまに私の相手してやってくれないかな。」
そう言ってばつが悪そうに照れ笑いをする里美を、抱きしめる他なかった。
この世に変わらないものなんてない。そう思ったら私の方が泣けてきて、里美にどうしたの、と言われながら抱きしめてもらった。
その間ずっと、里美はごめんね、ごめんねえ、とやっぱり照れ臭そうにしていた。
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