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配信日記:にじシバラジオ#026 松橋裕一郎(少年アヤ)『わたくしがYES』を読む
今回はMC小倉さんのお勧めコンテンツ紹介回ということで、松橋裕一郎さん(少年アヤさん)の新刊『わたくしがYES』(rn press)を取り上げました。
少年アヤさんのこれまでの活動について、私は管見なことに全然知らなかったので今回『わたくしがYES』の内容に触れて少年アヤさんがこれまでに書いてきた作品も読んでみたいなという気持ちになりました。
番組中で小倉さんが最初に朗読している箇所についてはrn pressのホームページに掲載されているのでそちらを見ていただくのがいいのかな、と思いますが、一部を引用するとこんな感じです。
こちらではお久しぶりです。少年アヤです。
最近、”おかま”の自称という自傷をやめるという、個人的におおきな出来事があったので、こちらでも報告しておくことにします。
”おかま”の自称をはじめたのは、十九歳の春でした。
それまでは、なんの定義のせず生きていこうとしていたし、高校生のころはじめたブログでもそのスタンスでいましたが、「正直そうなんでしょ?」みたいな言葉と、そういった日々で蓄積されていった劣等感を抱えきれなくなり、ラベルひとつで楽になれるなら、という思いで名乗りはじめました。
”おかま”というラベル、記号のおかげでお仕事をいただけたり、人に知ってもらえたりと、いいこともたくさんありました。しかし、それによって擦り切れていく部分のほうが大きく、”おかま”として呼ばれたイベントの壇上で、ひとこともしゃべれなくなってしまったこともありました。
”おかま”は本来蔑称、差別的な用語です。
自分も込みで、わざわざ自称する人が多いのは、うまく逆手に取って世渡りする生き方を選んだだけのことです。そういった姿勢が差別を助長するという指摘もありますが、私は社会構造上仕方のないこと、やむをえない生存戦略だと思っています。個人の選択の善し悪しでははかれないし、はかられてはこまるのです。
だけどわたしは、あきまでわたし個人の場合は、自称と引き換えに、笑顔で踏みつけてくる世間につかれたのと、そうしなかっただれかの人生、とくに子どもたちの人生がくるしくなることに耐えられないので、やめてみることにしました。
私は男です。だれがなんと言おうと、男です。
この一文に”おかま”を自称してきた少年アヤさんの逡巡と葛藤、そして決意が詰まっていますね。今のテレビではコンプラ意識が浸透したのか”おかま”という言葉は使われなくなってはいるとは思うけれども、あえて”おかま”自称を行って生きようとした場合には、そんな薄っぺらいコンプラ意識では覆い隠せないほどの残酷な現実が少年アヤさんを傷つけてきたんだな、と。コンプラ研修やってLGBT研修やってハイお終い、じゃ済まないんですよ。
ともあれ、少年アヤさんの祖父の存在が世界を少しでも良いものにしたかもしれないように、にじシバラジオも継続して、世界を少しでも居心地がよくしていきたいと思ってます。
あと、番組の最後で触れている『94歳のゲイ』に出演していた長谷忠さんの訃報ですが、よく考えてみたら高橋睦郎さんより長谷さんのほうが年上なんですよね。長谷さん、年長者として高橋睦郎さんの活躍をどう捉えてたんだろうな…
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