『女性理容師春香の仕事1』

 春香、28歳。理容師歴8年の中堅。今は駅前のお店で働いている。
 8年間、様々な客の髪を切ってきた。いろいろな経験をしてきた。そんなある日、初めての経験をすることになる。
 若い女性客が訪れた。年のころは20歳ぐらいだろうか。女性客が来た場合、春香が担当することになっている。当然顔剃りだろうと思ったが、そうではなかった。
「こんにちは。今日は顔剃りですか?」
「いえ、カットです。」
 女性客が床屋でカットをするのは珍しい。毛先や前髪を整えることはある。子どものボブカットをすることもたまにはある。しかし次の言葉は女性から初めて聞く言葉だった。
「どれぐらい切りますか?」
「あの…坊主にしてほしいんです。」
「坊主ですか!?この長い髪をですか?」
そう言って、春香は客のポニーテールに触れた。艶のある美しい髪だ。春香も伸ばしているが、正直これほど奇麗ではない。ショートにするのももったいない髪だ。
「実は、これからアフリカを一人旅します。長い髪だと何かと危険が多いので、この際思い切って坊主にしちゃおうかと思うんです。」
「もちろんご希望とあればやりますけど…何も坊主にすることはないんいじゃないですか?ショートではだめなんですか?」
「ええ。初めはベリーショートぐらいにしておこうかな、とも考えました。でも何だかそれだと中途半端だし、今しか出来ないので、決心しました。」
「わかりました。では坊主に刈ってしまっていいんですね。」
「はい。お願いします。」
「坊主にもいろいろ長さがありますが、どうしますか?」
「なるべく短くお願いします。」
「うちのバリカンだと、いちばん短いのは0.5ミリです。ほとんど剃ったのと同じ状態になりますよ。初めて坊主にするなら、もう少し長いのにしておきますか?」
「いえ。0.5ミリでお願いします。」
「わかりました。ではまず軽く流しますね。」
 男性の坊主でも、せいぜい2ミリだ。0.5ミリはほとんど使ったことはない。彼女の決意が伝わってきた。

               
 髪をほどき、丁寧に流した。あらためて美しい髪だ。この髪を今から坊主にするなんて。こんな経験、もう二度とないだろう。
 これがもし自分だったら-春香はふと理容学校時代を思い出した。バリカンの使い方を勉強した時、自分もセミロングから刈り上げのショートにしてみたことがある。どんな感じなのか、実際に経験しておこうと思ったためだ。でもさすがに坊主にまでしようとは思わなかった。
 髪を乾かし、まずは粗切りすることにした。初めからバリカンを入れることも考えたが、もし万一気が変わった時のためだ。まずはザクザクと首筋まで切った。そして全体を切っていく。あっという間にショートになった。
「今ならまだやめることが出来ますよ。どうしますか?」
「続けて下さい。」女性客は涙ぐんでいた。
「分かりました。ではバリカンを入れていきますね。」

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