『村興し 前編』

【青天の霹靂】 
 私の住む村は、のどかで平和な村だが、これといった産業がない。農業で慎ましく暮らしている。

 そんな村に、映画作りの話が舞い込んできた。日本を代表する巨匠が手掛けるようで、この巨匠の映画はほぼヒットすると言われている。なぜかそのロケ地に私の村が選ばれた。村全体が沸き立った。

 ただ、映画の内容が衝撃的だった。僧侶の養成学校を舞台に、僧侶と尼僧の成長を描くと言う。そこでエキストラとして、村の小学6年生から中学2年生が選ばれた。中学3年生は受験があるとのことで選ばれなかった。私たちの意思など関係なく、大人たちが決めていた。

 演技なんかしたことがないし、素人の私たちが出てもいいのだろうか。その疑問をすると、ほとんどセリフは無いし、簡単な役だから大丈夫と言われた。映画に出られるなんて、その時点では夢のように感じた。

 説明会には村の子どもたちと親が参加した。そこで監督から恐ろしいことを告げられた。
「…それで養成学校の生徒役を頼む子どもたちなんだけど、男女とも全員、髪をツルツルに剃ってほしい。」
「ええっ!?」
「修行僧はみんな剃髪しているだろう?カツラなんてすぐにわかってしまうし、演技にも身が入らない。俺は映画で常にリアリティを追求するから、実際に剃ってほしいんだ。なぁに、髪はまた伸びるから大丈夫。」

 当然あちこちから不満と反対の声が上がった。だが最後には
「この条件を受けられないのであれば、この話は無かったことにする。」と締めくくられてしまった。

 髪を剃る?女の子も?嘘でしょ…。

 村が発展するのはいい。でもそのために、なんで大切な髪を剃らないといけないんだろう。家に帰ってから両親と議論したが、やはり剃らないといけないということになった。私は中学3年生の姉に不満をぶつけた。
「お姉ちゃんはいいよね。髪を剃らなくてもいいんだから。」
「…」
「ショートカットにもしたことないのに…。」
「一度だけ我慢したら、また伸びてくるわよ。」
「…でも剃るんだよ?バリカンで丸坊主にされた上に剃刀でツルツルにされるんだよ!?この気持ちがお姉ちゃんに分かる?お姉ちゃんも一緒にバリカンで丸坊主に出来る?剃ってみる?」
「そんな…。」
「私はそうしないといけないのよ!!」

 号泣していた。この髪がバッサリ切られてツルツルにされるなんて考えたくない。村興しがそんなに大切なのだろうか。村が発展すればそれでいいのだろうか。子どもの意思なんて大人には関係ないのだろうか。

 それに髪を剃るって、床屋さんに行かないとダメなのかな…恥ずかしいな。そもそも床屋さんに女の子が行ってもいいのかな…。

 翌朝は気だるかった。足取りも重く家を出る。いつも一緒に登校する親友の優子が待っていた。
「おはよう…。」
「…おはよう。」
「あのね、昨日親と話したの。どうしても髪を剃らないといけないんだって…嫌だよね…。」
「私も話したわ。最後にはお母さんが怒っちゃって喧嘩になって。もうどうにもならなかったわ。」
「髪を剃るって…バリカンでやられるのかな…。」
「そうよね…それに剃刀で剃られるんじゃない?」
「どっちも嫌よね…せっかく伸ばしているのに…。」

 優子は三つ編み、私はポニーテールにしている。優子の三つ編みは女の子の私から見ても可愛い。私も長い髪が好きで、物心ついてからは短く切ることはなく伸ばしてきた。お母さんに切りなさいと言われても拒んできた。

 それなのに、男の子みたいにバリカンで丸坊主にされた上、剃刀で剃られるなんて考えただけでも気を失いそうだ。

 緊急で朝礼があった。校長先生が話す。明日、体育館で集団断髪式を行うと。みんなでやれば怖くないという精神らしい。床屋さんに行くよりかはいいかもしれないが、重大なことに気づいた。それはつまり髪が切られるのを男子にも見られることを意味する。ますます嫌だ。こんなに恥ずかしいことはない。

 その日は勉強どころではなかった。先生の話は全く耳に入ってこないし、友達ともほとんどお喋りをしなかった。頭の中は明日の断髪式のことでいっぱいだった。それは皆同じなようで、髪を触っている女子が多かった。

 家に帰っても家族と話さなかった。どうしても明日髪を剃られる光景が浮かぶ。なるべく想像しないようにしていたが、少しでも油断をすると、バリカンで丸坊主にされる場面を想像して身震いした。どんな感じになるのだろう。バリカンは痛くないだろうか。

 それに、お姉ちゃんの顔を見るのも嫌だった。なんで同じ姉妹で、私だけこんな目に遭わないといけないのだろう。たった一年早く生まれただけでずるい。お姉ちゃんも剃ってよと言いたかった。

 鏡を見ると、そこには長い髪の私がいる。でも明日にはこの髪が全部なくなり、尼さんのようにされる。髪をかき上げてみたが、どうしても想像出来なかった。

 お風呂ではいつもより時間をかけて髪を洗った。明日にはこの髪が全部なくなる…涙が溢れてきた。シャワーでいくら洗い流しても次々に…。

【断髪式】 
 翌朝。私も優子も泣きはらした目で登校した。すぐに体育館へ移動させられる。幾つもの椅子、ハサミ、バリカン、剃刀、そしてエプロンを付けた大人たちが目に入る。

 それらを見た瞬間、恐怖で体が震えた。本当に今から髪を剃られるんだ…女の子からはすすり泣きの声が聞こえてくる。

 始めは男子からやることになった。椅子に座らされケープをかけられる。バリカンを持つのは母親たちだ。その中には私のお母さんもいた。どこか嬉しそうにしているのが悔しい。

 バリカンが額から入る。あっという間に髪がなくなる。こうやって坊主にされるんだ…気づくと食い入るように見ていた。

 男子たちは平気かと思いきや、泣きべそをかいている子もいる。「男の子でしょ!しっかりしなさい!」と叱咤される。密かに憧れていたイケメンの良太君の髪が刈られる時は、目を背けてしまった。あのサラサラの髪にバリカンが入り、野球部の子と変わらない丸坊主になった。ショックだった。私もああやってバリカンでされるのか…自然と髪に触れていた。

 坊主にし終わると、別の椅子に座らされ、今度は理容師さんに剃刀で剃られていく。何人か理容師さんが来ていた。村で美人で優しいと評判の今野さんが、今日はとても怖い人に見える。ゾリゾリと頭を剃っていき、剃髪が終わった。

 クラス一の秀才で、髪も伸ばしている雄星君は、激しく抵抗した。いつも冷静な彼が取り乱し、教師にはたかれて大人しくなった。男子にしては長い髪がバリカンで一気に刈られていく。男子でも辛いのに…女子はどうなるのだろう…。

 男子が一通り終わると、いよいよ女子の番だ。まずはショートカットの由美が座る。男子と同じようにケープをかけられ、バリカンが入る。唇を噛みしめている由美。「髪は短いのが好き」なんていつも言っていて、時折刈り上げにしてくる由美。それでも刈り上げと坊主はもちろん違う。おばさんはためらうことなくバリカンを入れ、由美を坊主にしていった。

 顔を真っ赤にして俯く由美。髪がなくなり青々とした頭皮が現れる。元から短い由美でさえ、こんなに印象が違うんだ…。ロングの私が坊主になったらと思うと鳥肌が立った。

 バリカンが終わると、別の場所で今度は髪を剃られる。「動かないで!」と言われ、涙を流したまま硬直する由美。ゾリゾリと剃られていき、由美は男子と変わらないツルツル頭にされた。由美はその場で泣き崩れた…。

 優子の番になった。三つ編みを解かれ、長い髪のままバリカンが額に入る。「イヤーッ!」と絶叫する優子。おばさんは構わずにバリカンを進める。髪の量が多いのか、何度もバリカンを走らせていく。しばらくすると優子は丸坊主になった。涙をポロポロ流している。可哀そう…私は思わずもらい泣きしていた。

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