『猛暑にて』

 今年の夏も暑い。昨年よりも暑さは増しており、日本のみならず世界的に異常な暑さが続いている。

 そんな中、アメリカの有名女優が丸刈りにした。ブロンドのロングヘアを惜しげもなく丸刈りにする動画を公開し、「あんまり暑いからバズカットにしました!」と語っていた。

 それを皮切りに、世界的に女性が坊主にし始めた。有名人のみならず一般人も次々に頭を刈り、パッと見では男性と区別がつかない女性もいた。

 時代はジェンダーフリー。男らしさとか女らしさといった言葉が古臭くなり、長髪の男性がいるかと思えば、坊主を始めとする短髪の女性も目立つようになっていた。そこへきて、日本にも女性の坊主が流行り始めた-。

 私には信じられなかった。女が坊主なんてあり得ない。『髪は女の命』なんて昔から言うし、髪は大切にケアするもの。それなのに、暑いからって男性みたいに坊主にしちゃうなんて…。

 だが、そういえば街中でも坊主の女性を見かけることが出てきた。帽子を被っているが、襟足に一切髪がない。お店の中では堂々と帽子をとる女性もいて、青々として坊主頭にドキッとすることもある。

 衝撃的だったのが、日本の清楚系女優が坊主にしたことだ。ヒロインを何度も務める彼女がこんな動画を公開した。
「みなさんこんにちは!私は今床屋さんに来ています。なんとこれから丸刈りにします。あ、事務所に言われて無理やりとかではなく、あんまり暑いし今世界中で坊主が流行っているし、気分転換にやってみたいと思って来ました。今すごくドキドキしています!人生初めての坊主にしちゃいます!!」と言って床屋に入っていく。席に座ると
「丸刈りにして下さい!」
「丸刈り?こんなに長いのに?本当にいいんですか?」
「はい。バッサリやって下さい!」
「長さはどうしますか?」
「長さ…丸刈りに長さなんてあるんですか?」
「いろいろありますよ。長いと9ミリ、短いと0.5ミリなんてのもあります。初めてでしょうから、6ミリぐらいにしておきますか?」
「う~ん…どうせなら一番短くして下さい!」
「それでは0.5ミリにしますね。」

 床屋のおじさんは、ポニーテールの結び目にハサミを入れる。ジョキジョキと鈍い音を立てて、ポニーテールが切り離された。すごく似合っていたのに…でも彼女は笑顔を絶やさない。それどころか「うわぁ、軽くなった!」なんてはしゃいでいる。

 そしてバリカンが額から入って行く。バリカンが離れると、青々とした地肌が現れる。この子、本当に坊主にしちゃうんだ…。前髪、耳周り、後ろとどんどんバリカンで刈られて行き、あっという間に坊主になった。

 その間わずか5分。ロングヘア一筋だった清純派の彼女が、一気に坊主になった。そこに涙はなく、爽快感が伝わってきた。

 ある日親友の亜理紗とお茶をしていた時、髪の話になった。
「夏美、私ね、今度坊主にしようと思うの。」
「亜理紗が!?嘘でしょ?」
「本気よ。一度はやってみたいなって、ずっと思っていたの。今女の子の坊主がブームになっているでしょ?今なら恥ずかしくないし、何よりこの暑さだしね。」
「でもその長い髪を切っちゃうの?」
「うん。何となく伸ばしているだけだし、それに傷んでいるし。リセットしちゃえば綺麗な髪が生えてくるかなって。それに学生時代の今しかこんなこと出来ないし。」
「…」
「夏美も一緒にやらない?」
「わ、私は遠慮しとくわ。坊主になんか絶対にしたくないし、今のロングが気に入っているし。」
「そうよね…じゃあ今度私と一緒に床屋に行かない?」
「え?一緒に?」
「だって一人じゃ恥ずかしいじゃない!おじさんだらけの所に女の子よ。そもそも床屋なんて入ったことないし。」
「まぁそれならいいけど…本当に付いて行くだけよ!」
「いいのよ来てくれるだけで。ほんとうはバリカンで刈られるのがちょっと怖いんだ。でも夏美がいてくれたら心強いわ。」

 亜理紗は一度決めたら最後までやり遂げる子だ。でも今回ばかりは止めるかもしれない。いくら流行っているとは言え、女の子が丸坊主なんてあり得ない。あれは一部の先進的な人だけの話だ。

 日曜日。駅前で待ち合わせをして床屋に行った。床屋の扉を前に深呼吸する亜理紗。緊張した面持ちで入る。男性客しかいない中、場違いな感覚を覚えた。

 私たちの目はバリカンにくぎ付けだった。時折使われるバリカンを見る度に、坊主にしない私までもがドキドキした。亜理紗の顔を見ると、顔面蒼白だった。
「亜理紗、本当にやるの?止めたといた方がいいんじゃない?」
「…」
 丁度男の子が丸刈りにされているところだった。ショートの髪がバリカンであっという間に刈られていき、青々とした坊主頭にされた。
「あんなになるんだよ。ショートでもいいんじゃない?」
「…夏美、私やるわ。今やらないと一生後悔する。そんな気がするの。」
「そう…そこまで言うのなら止めないけど…。」

 亜理紗が呼ばれて大きな椅子に座る。何かを話すと、理容師さんは驚く。「本当にいいんですか?」と聞こえてくる。坊主にして下さいって言ったんだ…。

 理容師さんは棚からバリカンを取り出す。一瞬顔が引きつる亜理紗。頭を抑え、バリカンが亜理紗の額に入った-。

 嫌な音とともに、亜理紗の前髪がゴッソリなくなった。床には長い髪が無造作に散る。あれだけ長かった亜理紗の髪が、一瞬にして刈られた。その跡には坊主頭だ-。これがバリカン、これが坊主にすることなんだ―。その後も髪がどんどん無くなっていく。ショックだった。自然と涙が出て来た。 

 後ろの髪にもバリカンが入る。さっきよりも長い髪が落ちて行く。長い時間をかけて伸ばしたであろう髪が、根本から断ち切られる。

 地肌が広がり、やがて亜理紗は完全な坊主頭になった。仕上げにバリカンを全体に走らせると、次は刷毛で襟足にクリームを塗っている。まさか剃るのかと思ったら、襟足の産毛の処理だった。

 亜理紗の首筋は、白く細くて美しかった。変なドキドキを覚えた。

 亜理紗は泣き笑いのような顔で戻ってきた。
「どう?似合っている?」
「うん…頭の形がいいから似合っているわ。よくやったわね…。」
「ドキドキしっぱなしよ。バリカンなんて初めてだったから怖くて仕方がなかったわ。」
「バリカン痛くなかった?」
「始めはちょっと痛かったけど、やっていくうちに慣れて行ったわ。次第に気持ち良くなっちゃって。アレをしている時と似た感覚だったわ。」
「ちょっと!何言い出すの!」
「本当よ。髪が刈られるのはショックなんだけど、バリカンで頭を犯されている、そんな感じになってね。」

 何てこと言い出すのだろう。頭を刈られるのがアレと同じだなんて。想像して恥ずかしくなった。

 ついさっきまでロングだった亜理紗が、少年のような丸刈りになっている。未だに信じられない。頭を触らせてもらったら、ザラザラしていた。手の平に髪が刺さってくるようだった。

 その晩は眠れなかった。目を閉じるとどうしても亜理紗の髪がバリカンで刈られるのを思い出した。自分がしたわけでもないのに、何度も繰り返し浮かんだ。

 数週間が経った。毎日のように亜理紗から、やれ「坊主は快適」だの「早く夏美もやったらいい」だのというラインが来て少しうんざりしていた。でもお互いに暇だったので、お茶をすることにした。

 開口一番
「ねぇ、夏美も一緒に坊主にしようよ!」と言ってきた。
「嫌よ私は。亜理紗みたいに坊主にはしないわ。」
「何でもやってみるものよ。始めは嫌だったけど、坊主は快適そのものよ。せめてショートにでもしてみたら?長くて暑苦しいわよ。」
「暑苦しいなんて…もっと言い方ない?」
「だって本当のことだもん。坊主女子が流行っているんだから、ショートぐらい大したことないわ。」

 亜理紗の言うことももっともだ。私は毛量が多いし、今は何となく伸ばしている。これだけ暑いから切ってもいいかな…。

「そうね。ショートぐらいだったらやってみようかな…。」
「刈り上げちゃえば?」
「そこまでは…嫌だなぁ。」
「そう。じゃあ今から切りに行く?」
「え?今から?」
「そう。思い立ったが吉日ってやつよ。」

 亜理紗は良くも悪くも強引だ。こうなるともう聞いてくれない。仕方なく亜理紗に引っ張られ、気づくと床屋に来ていた。
「ちょっと!私ショートにするだけだよ!美容室がいいって。」
「いいじゃないバッサリ切るんだから。」
「床屋なんてお洒落な髪型に出来ないでしょう?」
「ここは違うわ。女性客も多いし、きちんとお洒落なショートにしてもらえるわ。」
「本当に?」
「ほら、見てよ。」
 お店から出てきたのは、小ざっぱりとしたベリーショートの女性だった。確かに美容室と遜色ない。ここなら大丈夫かな…。

 床屋に入り順番を待つ間、ドキドキしていた。坊主にはしないがバッサリ切る。久しぶりのショートだ。でもどんなショートにしようか全く決めていなかったから、イメージが沸かない。

 迷っているうちに呼ばれた。
「今日はどのようにされますか?」
「暑いのでショートにしたいのですが…。」
「ショート?いいですね。どんな風にしますか?」
「まだ決まっていなくて…ヘアカタログ見せてもらえますか?」

 パラパラとめくり、耳を半分出す平凡なショートに決めた。
「これですね。後ろはどうしますか?この際刈り上げてみますか?」
「刈り上げ…ですか?」
「ええ。お客様は小顔だし、きっと今よりも可愛くなりますよ。それに今ベリーショートや坊主が流行っていますから、刈り上げぐらい普通ですよ。」
「刈り上げって…バリカンを使うんですよね?」
「ええ。その方が綺麗に仕上げられます。」
「なんか怖いです…。」
「大丈夫。痛くないし、すぐに終わりますから。」
「じゃあそれで…お願いします…。」

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