『バリカンとして生まれて』

 バリカンとして生まれて、何年経っただろうかー
 私が働いているのは、とあるユニセックスサロン。男性も女性も客として訪れる。けっこう繁盛しているお店で、仲間のハサミたちとともに、忙しい日々を送っている。
 私の役目はもちろん髪を刈ること。私は襟足を整えるタイプのバリカンではなく、大型のタイプなので、刈り上げや坊主にする時に活躍する。丸刈りにする時は、私も力が入る。髪を根本から刈り取る時、私は自分が役に立っている実感がある。はさみには出来ない、私だけの仕事だ。
 初めて丸刈りにする子どもは、緊張の面持ちであることが多い。なるべく痛くないよう、主人が私を頭に添わせる。私も一生懸命、綺麗な丸刈りを作る。長さも様々だ。アタッチメントは長いものや、剃ったように短いものもある。一番短いのは0.5ミリだが、ほとんど出番はない。
 このお店は高校に近いせいか、女子高生も時々来店する。多くは顔剃りだが、中には運動部に入るからと、長い髪を短くする子も来る。
 それもただのショートカットではなく、刈り上げを指定している部活も多い。そんな時は私の出番だ。長い髪をハサミでざっくり切った後、私が襟足に侵入し、刈り上げていく。初めてのバリカンを怖がる子ももちろんいる。涙を堪えている子もいる。それでも私は淡々と仕事をこなす。私を恨めしく見る子もいる。申し訳ないと思うが仕方がない。
 部活で髪を切る女子高生は、当然入ってきた時とは別人のようになる。ついさっきまでのロングヘアが嘘のように、男の子のような短い髪型になっている。しかも刈り上げだ。そして面白いのが表情の変化だ。来店した時は怯え、固い表情だったのが、すっかり短くなると、何かに吹っ切れたのか、決然とした顔になることがよくあった。そんな顔を見ると、私もホッとする。
 二度三度と刈り上げを経験するうちに、バリカンにも慣れてくるのだろう。「もっと短くして」とか「耳の周りも全部刈り上げて」なんて言う子もいる。そんな時は私も楽しい気持ちになる。
 中にはスポーツ刈りにする子もいる。どうやらバスケ部で、顔が髪にかかるのが鬱陶しく、すぐに伸びるからという理由だそうだ。アタッチメントで長さを替えながら、全体的に髪を刈り取ることになる。女の子なのに…と思わなくもない。
 しかし時には試合で負けたからという理由で、髪を切らされに来る子もいる。本心では当然刈り上げなんてしたくないのだろう。こんな時は私も辛くなる。それでも主人に操られるままに、髪を刈っていく。青々とした襟足を見て、泣き出してしまう子もいる。
 
 私には二度と忘れない経験がある。ある日の昼下がり、若い女性が来店した。奇麗なロングヘアの女性だ。顔剃りか毛先を揃えるぐらいだろう、私の出番はないだろうなと思っていたら、耳を疑う言葉が発せられた。
 「あの、丸坊主にしてもらいたいのですが…」

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