『断髪フェチへの目覚め』

 バーバーAOYAMAは、郊外に立つ普通の床屋だ。父親から継いだ二代目の青山敏夫が切り盛りしている。
 床屋で育った敏夫は、何の疑いもなく父の跡を継いだ。父の仕事を間近で見てきた敏夫は、専門学校でも技術の習得が速かった。店に立つようになってからも、常連客に支えられて、仕事を覚えていった。

 ある年、近所に私立の女子校が新設された。なんでもスポーツに力を入れているようで、高額で指導者を連れてきて、新設からわずか5年で、全国大会に行く部活も出てきたようだ。
 入学式が終わった4月、件の高校の制服を着た高校生が来店した。最近は顔剃りをするために、床屋に行く女性も増えていると聞く。顔剃りかと思ったが、それにしては表情がやけに硬い。今にも泣き出しそうだ。とりあえずカット椅子に通し、注文を聞くことにした。
「こんにちは。ここは初めてだね。今日はどうするの?」
「あの…部活で短くしてこいって言われて…。」
「それならば美容院の方がいいんじゃないの?うちは床屋だから、あまりお   洒落なのは出来ないよ。」
「それが、床屋さんで切ってこいって監督に言われたんです…。」
「それじゃあ仕方ないね。で、短くってどのくらいに切るの?」
 そう言って、長い黒髪を触ってみた。柔らかく艶がある。こんな髪を切らないといけないのか。もったいない。
「あの…か、刈り上げのショートで…お願いします…。」
「刈り上げ?そんなに短くするの?刈り上げだとバリカンを使うことになるけど、それでもいいの?」
「はい。お願いします。刈り上げにしないと、監督に切られてしまうんです…。監督、いつもバリカンを持っているそうなんです。」
 普通のショートならいざ知らず、刈り上げとは厳しい。しかもこの子はとてもロングが似合っているのに。今時こんな監督がいるのか。でも依頼されたら、それに答えるのがプロだ。
「分かりました。バッサリ切っちゃっていいんだね?」
「はい…。」
 これ以上あれこれ尋ねても、この子が辛くなるだけだ。粛々と仕事をしよう。監督に切られるぐらいなら、俺が切った方がいいだろう。
 女の子にケープをかけた。霧吹きで髪を少し濡らし、櫛で梳かした。そして勢いよく後ろの髪を、首のあたりでバッサリと切った。女の子が唇を噛みしめているのが分かった。
 粗切りが終わると、おかっぱ頭になった。そこから更にザクザクと切っていく。10分もすると、少年のようなショートカットになっていた。しかしまだ終わらない。注文は刈り上げだ。そこで聞いてみた。
「刈り上げだけど、長さはどうするの?」
「とにかく短くと言われたので…短めでやって下さい。」
「じゃあ短いのでやるね。長くして怒られても嫌だろうしね。」
 そう言って、1mmの刃をセットした。野球部の少年にもあまり使わない短さだ。
「少し下を向いてね。」
 襟足にバリカンを入れた。女の子の肩がビクッとなった。それでも構わずにバリカンを入れる。綺麗なうなじが露わになり、年甲斐もなく興奮した。
 床屋という仕事は、一般的には男性の髪をカットする。ここに来るお客のほとんどは男性だ。女の子の髪をカットするのは、せいぜい保育園児までだ。それが今、年頃の女子高生の綺麗な髪を切っている。しかも普段は男性にしか使わないバリカンでだ。敏夫はいつしか変な気持ちが芽生えてきた。もっと切ってみたい。いっそのことこのまま坊主にしてしまいたい。
 そんな悪魔の囁きを振り払い、バリカンを進めて刈り上げを作っていく。後ろが終わり、頭を元に戻した時―泣いていた。静かに涙を零していた。その姿を見て、ゾクッとした。
 頼まれてはいなかったが、耳周りも刈り上げることにした。もみあげもバリカンで綺麗に刈り取り、形の良い耳と青白い地肌が浮かび上がった。
 一通りカットが終わり、襟足の残り毛を剃刀で剃った。なんて柔らかい、そして白い肌なのだろう。せっかくなら…
「はい。カットは終わったよ。ついでに顔剃りもしていく?サービスしておくよ。」
「顔剃りですか?まだしたことがないのでちょっと怖いのですが…」
「大丈夫。心配ないよ。綺麗にしてあげるから。」
「ではお願いします。」
 柔らかい肌にもっと触れていたい。そんな助平心だった。もちろん仕事だから真剣にするが、それでも若い女性の肌に直接触れられるのは、望外の喜びであった。
 丁寧に顔剃りをし、最後にシャンプーをした。ブローが終わり、鏡を見せた。
「!!短い…刈り上げってこんなになるんですね…。」
「バリカンを使ったからね。でも髪はすぐに伸びるから。」
「伸びたらまた切らなきゃいけないので…その時はお願いします。」
「こちらこそ。ところで顔剃りはどうだった?」
「はい。気持ちよかったです。けっこうムダ毛があるんだなと、剃られていて思いました。」
「またいらっしゃい。次も顔剃りはサービスしておいてあげるよ。」
 すっかり少年のようになった女子高生は、帰っていった。
 
 その晩敏夫は、彼女の髪と肌の感触が忘れられずにいた。またああいう子が来ないだろうか。綺麗な髪を切るのはもったいないけど、快感でもあることに気づいた。長い髪が一瞬で切られて、ショックを受けている顔。切り進めていくと、ますます不安げになる顔。女の子に使うはずがないバリカンを入れている時の、絶望的な顔。そして涙。そのすべてに興奮した。素晴らしい監督が来てくれた、と内心ほくそ笑んだ。俺ってサドッ気があったのだろうか?
 そう、敏夫は断髪フェチに目覚めてしまった―。

 再び女子高生が来ないだろうかと思っていたら、何日か経って見事に引き寄せた。今度もロングヘアの子だ。前回と違うのは、悲壮感ではなく決然とした意志を目に宿していたことだ。
「こんにちは。今日はカット?」
「はい。スポーツ刈りでお願いします!」
「スポーツ刈り!?本当に?」驚いたふりをしたが、心の底ではガッツポーズをした。また綺麗な髪を切れる。しかもスポーツ刈りだとバリカンをふんだんに使える。
「ええ。これからバスケ部に入るんです。髪が長いと邪魔だし、この際思いっきり切っちゃおうかと思って。」
「スポーツ刈りだとバリカンをたくさん使って、前髪もなくなって、ほとんど坊主になるけどそれでもいいの?」
『坊主』という言葉で少し顔が引きつったように見えた。
「はい。覚悟を決めてきました。」
「分かりました。じゃあバッサリやっちゃうね。」
 努めて平静に言い、鋏を構えたところで
「あ、ちょっと待って下さい。」
「どうしたの?やっぱりスポーツ刈りはやめておく?」(ここまできて止められたら困る)
「いえ、そうじゃなくて、最初は自分で切ってもいいですか?」と言われた。(なんだ、そんなことかと安堵した)
「このぐらいまでならいいよ。」と顎のあたりを指した。
女の子は横の髪を束ねて、勢いよく切った。
「ありがとうございます。じゃあやって下さい。」

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