りんご農園【短編小説】
風が吹き非常に寒い夜の12時。
僕は、暖房も入れずに、白紙のエントリーシートを眺めていた。
僕は、大学3年生。
そろそろ、就活を始めないといけない時期だ。
大学生活は、普通の大学生並みには楽しんでいる。
しかし、最近になって思ってきた。
むなしい。
社会人としてふさわしい態度、身なりを心がけましょう。
合説に参加することで、会社への意欲が伝わります。
この会社の面接では、ここを見ています。
こんなことをして、一体どうするのだ。
本心を隠し、演じなければならない。
こうなってくるともはや奴隷ではないか?
下書きの鉛筆は動く気配がない。
気がつくと、朝が来ていた。
朝というより昼前だが。
どうやら、寝落ちしてしまったようだ。
横になったまま、スマホのメールをチェックして、また気分が落ち込んだ。
とりあえず、アプリを閉じた。
今日は、考えるのやめよう。
僕は、起き上がり、歯を磨いて、着替えをした。
とりあえず、何か食べ物を買いに行こう。
そう思い、スマホとエコバッグを持ちアパートを出た。
スーパーは徒歩3分と意外に近くにある。
スーパーに到着した。
いつものように、野菜売り場から回り始める。
目に入った野菜や果物は、色鮮やかで美しい。
特に見つめていると、いつもの日常に癒しを感じる。
それぞれの食材が、大地から生まれ、丁寧に育まれた過程を思い浮かべると、なんだか心が温かくなる。
スーパーの買い物でこんなことを考える人はなかなかいないだろう。
手に取ったリンゴを観察しながら、ふと思った。
「人生って、何だろう?」
僕は何を求めて生きているのだろうと考えた。
ふと、隣に立つ女性の姿が目に入った。
彼女は年配で、少し痩せているが優雅さを漂わせている。
彼女はさっきまで物静かに商品を選んでいたが、急に手を止め、こちらを見つめている。
驚いたような表情を浮かべ、微笑んだ。
「お兄ちゃんよ、お願いがあるのですが」と彼女が声をかけてきた。
僕は驚きながらも、年配の女性に近づいた。
「私にとって今日は、特別な日なのです。この先、病気で動けなくなってしまうかもしれないので、最後の思い出を作りたくてスーパーに来たのです」
少し意味が分からなかったが、
どんな思い出を作りたいですか?と僕は尋ねた。
年配の女性は少し情緒的な声で言った。
「もう一度、長い間続いていた恋人と会いたいのです。
彼はこのリンゴ農園で働いていたの。
あなたが手に取っているリンゴはその農園のもので、彼はきっとここにいるはず」
僕は思わず手に取っていたリンゴを見つめた。
そうなんですね。
行くかどうか迷いはしたが、最終的に、年配の女性と一緒にその農園へと向かった。
その農園は、車で30分ほどのところだった。
その場所に足を踏み入れると、目の前に広がる景色は絵画のような美しさだった。
そして、年配の女性の恋人と出会った。
見た目からして、彼はおそらく、年配の女性と同じくらいの年齢であろう。
彼女は彼との再会を喜び、思わず抱き合っていた。
その2人の後ろには、りんご畑と美しい空が広がっていた。
そして、僕は今このりんご農園で働いている。
特に深い理由はないが。