帰り道の小学生【エッセイ】
夕方4時ごろ、小学生たちが学校から帰っている。
話をしながら、楽しそうに帰っている。
そんな姿を見ながら、僕は思った。
僕は、小学校3年生の頃から、場面緘黙症という、特定の場所以外では、全く話すことができない症状が現れた。
それまでは、他の人と同じように話せていた。
なぜ突然話せなくなったのか?
僕にも分からない。
気がついたら、話せなくなっていたのだ。
そんな症状は、小学校を卒業して、中学校を卒業しても全く改善することはなかった。
中学生の頃、僕はこう思っていた。
他の人と同じように話をしたい。
他の人と何気ない会話をしたい。
ただそれだけを思っていた。
僕は、こんなんで大人になれるのだろうか?
他の人が、楽しそうにみんなと話をしている中
僕は、こんなんで大人になれるのだろうか?
そういつも考えていた。
何も楽しくない。
何も楽しくない。
高校生になった僕は、相変わらず話すことができなかった。
話ができないが、学校には通っていた。
教室で、本を読むふりをしながら、
教室で聞こえる、クラスの人の話し声。
僕も話したい。
どうして話せないんだ。
僕は、家に帰るといつも机を殴って泣いた。
どうして
どうして
誰も助けてくれない
もう嫌だ
こんなんなら生きていても何も楽しくない
死んでしまいたい
高校の頃、僕は毎日、そう思っていた。
ただ、何気ない会話を他の人と同じようにしたい。
ただそれだけなのに。
結局、僕は死ぬ勇気すらなく日々を過ごしていた。
学校では、話せないことを毎日馬鹿にされた。
しかし、僕は立ち向かうことができなかった。
話すことができなかったからだ。
悔しかった
話すことさえできれば
いじめられないのに
話すことさえできれば
友達ができたのに
高校2年になる前の春休み。
僕は、運動も出来なかった。
次の体力テストでは、腹筋が1回も出来ないで終わるのを避けたかった。
1日10回だけ腹筋の練習をしよう
それが始まりだった。
体力テストで、腹筋ができたのだ。
0回から15回もできるように
人生で初めて何かを達成してたような気がした。
初めて学校で嬉しいという感情が生まれた。
体力テストが終わった後も、
僕は、腹筋を続けた。
少しずつ、回数も増えていった。
そして、腕立て伏せも練習するようになった。
もちろん1回も出来なかった。
まずは、膝をついて腕を5回だけ下に少し動かす。
ただそれだけだった。
やがて、腕立て伏せもできるようになった。
気づくと、学校で変化があった。
学校で、当てられた時、声を出すことができたのだ。
こんなのは初めてだった。
他の人にとっては、たったそれだけのことだろうが、
僕にとってそれは、大きな変化だった。
高校の卒業式。
僕は、何も書かれていないアルバムを持って帰った。
結局、話す人は出来なかった。
友達は出来なかった。
辛かったが、初めて成長を感じることができた。
僕は今、専門学校に通っている。
今でも、友達はいない。
しかし、話をすることが少し出来るようになった。
ほんの少しだけ。
小学生が話をしながら、帰っている。
僕は、その姿を眺める。
いつか、僕も何気ない話をする人ができることを願って。