隣室【短編小説】
彼は、かなり古びたアパートに1人で住んでいる。
3階建ての3階に住んでいる。
他にも住人はいるようだ。
入居の時、どの階も空いてはいたが、1階は庭がついていて、草むしりが大変そうだと思い、なんとなく3階にした感じだ。
彼の住む部屋の右側は、大学生らしき学生で、左側は住んではいるようだが、誰がいるのか分からない。
ここ4年住んでいるが、まだ一度も会ったことはない。
一方大学生らしき人は、朝たまに会って挨拶程度の関係だがたまに会っている。
このアパートというのは非常に壁が薄いものだ。
夜、隣の大学生らしき人の叫び声がよく聞こえる。おそらく今どき流行りの通信ゲームなのだろう。
『やべー』『よっしゃー』『死んだー』
だいたいこんな言葉が聞こえてくる。
今どきの若者は、なんと語彙力のないのだろうか。
普通だったら壁を叩いたり、抗議したりしにいくだろうが、特にうるさいと思うくらいで、そこまで生活に支障が生じているわけではないから、そのままにしている。
こうも壁が薄いと、逆に左側の隣人は何をしているのか気になってしまう。
左側の隣人は壁が薄いにも関わらず、全く音がしない。
大学生らしき人の部屋からは、水道の蛇口をひねる音が聞こえるが、左側の人はそれすらもしない。
ある日の夜、ベランダに出て洗濯物を干してる時に、電気の灯りがついているのを見かけた。
やっぱり住んではいるんだよなー
のぞいて見るわけにはいかないから、何をしているのかまではよく分からない。
3月
彼は、今年で60歳になり定年退職を迎えた。
特にこれといった業績は挙げなかったが、まあそれはいいだろう。
今住んでいるアパートに住み続けるのもいいが、定年を機に生まれ育った故郷に帰ろうと思いアパートを出ることにした。
引っ越しの最後の荷物をまとめて出ようとした時、左側の人の部屋に清掃業者みたいな人が入っていた。
隣も引っ越したのだろうか?
気になって彼は清掃業者みたいな人に聞いてみた。
いえ、ここは4月から新しく入居があるので清掃しているんです。
詳しくは知らないのですが、この部屋は4年前に空室になって久しぶりに入居が決まったみたいなんです。
いや、でも確かにこの前電気が付いていたぞ。
念の為、大家にも聞いてみたが、やはり同じ答えだった。
彼が入居した4年前に空室になっていた。
ちなみに大学生らしき人が住んでいる部屋も同じく空室だったことを彼は知らない。