世界で上がる狼煙の火の手
2022年12月31日
トゥキディデスの罠
トゥキディデスの罠 新興勢力が台頭し、既存勢力の不安が増大すると、しばしば戦争が起こる、ということを意味する言葉。古代ギリシャの歴史家ツキディデスが、ペロポネソス戦争を不可避なものにしたのは新興国アテネに対するスパルタの恐怖心であった、と記したことに由来。
トゥキディデスの胸像(トゥーキュディデース、紀元前460年頃 - 紀元前395年) ウイキペディア
米中首脳会談とトゥキディデスの罠 #木内 登英 knowledge/blog 2022/11/15
米中が台湾有事回避に向けてレッドラインを探る
米国のバイデン大統領と中国の習近平国家主席は11月14日に、対面での初めての首脳会談を行った。会談の最大のテーマとなったのは、8月のペロシ米下院議長訪台によって一気に緊迫の度を増した台湾問題である。ただしこの分野では、両国の主張は従来通りに平行線を辿った。
ホワイトハウスによると、首脳会談でバイデン大統領は、「台湾海峡の一方的な現状変更」や「威圧的で攻撃的になっている中国の行動」への反対を表明したという。他方、中国外務省によると、首脳会談で習近平国家主席は「台湾問題は中国の核心的利益の中の核心であり、超えてはならない一線」、「台湾を中国から分裂させようとする者を中国人民は決して認めない」と述べたという。これらの発言を見る限り、台湾問題についての両国の主張は平行線を辿っており、歩み寄る余地は見られない。
首脳会談の前日にバイデン大統領は、前日に「超えてはならない一線と、今後2年で米中によって何が最も重要なのかを把握しなければならない」と述べていた。首脳会談では、台湾問題におけるお互いのレッドライン(超えてはならない一線)を確認し合い、それを超えてしまうことで意図しない形で軍事衝突が生じることを回避する狙いが、バイデン大統領にあった。しかし実際には、両国の立場の開きは大きく、レッドラインを探ることはできなかったとみられる。それでも、両国ともに意図しない形での軍事衝突は望んでいないことから、それを回避するための対話の継続では合意した。
台湾有事と「トゥキディデスの罠」以下では、台湾問題に限らず、米中の対立全体を歴史的見地から考えてみたい。覇権国がその地位を維持する高い負担に耐えかねて、自ら静かに覇権国の地位を降りる形で覇権国の交代が実現するケースよりも、覇権国同士の軍事的対立を通じて覇権国の交代がもたらされるケースの方が、歴史的に見ればより一般的なのではないか。これを、米国の政治学者グレハム・アリソンは「トゥキディデスの罠(The Thucydides Trap)」として警告している。
「ツキディデスの罠」ではない エマニュエル トッド
2022/11/05 source : 文春新書
事実上、米国とロシアが戦っている以上、「第三次世界大戦」がすでに始まったと私は見ていますが、今次の世界大戦は、第一次大戦や第二次大戦とは性質を異にしています。この点を明確にするために、古代ギリシアの歴史家ツキディデス(紀元前460年頃~紀元前400年頃)を援用して米中対立を論じた米国の国際政治学者グレアム・アリソンの著書『米中戦争前夜──新旧大国を衝突させる歴史の法則と回避のシナリオ』(藤原朝子訳、ダイヤモンド社、2017年)を取り上げてみましょう。
ツキディデスは、新興国アテネに対してその他のポリス国家が恐怖心を抱いたことでペロポネソス戦争が起きたと『歴史』に記しました。このことにちなんで、「新興勢力の擡頭を既存勢力が不安視することで戦争が起こる現象」を「ツキディデスの罠」と呼ぶようになりました。この「ツキディデスの罠」を米中関係に当て嵌めて、「数十年以内に米中戦争が起こる可能性は、ただ『ある』というだけでなく、現在考えられているよりも非常に高い」と主張しているのが、アリソンの著書です。急速に擡頭する中国が米国に恐怖を与えている以上、戦争は避けられなくなる、と。
しかし、ツキディデスの解釈をそのまま現代に適用するのは無理があるでしょう。戦争が起きたのは、中国と米国の間ではなくロシアと米国の間だったわけで、新興国の急速な擡頭によって戦争が始まったというのは、この戦争には妥当しません。冷戦期も含めた長いスパンで見れば、米露という、ともに凋落に向かう2つの勢力の間で戦争が起きているからです。
ちなみに中国に関して言えば、これまで人口学者として何度も繰り返してきたように、中長期的に見て、出生率の異常な低さ(2020年時点で女性1人当たり1.3人)からして、世界にとって脅威になることはあり得ません。出生率1.3人の国とはそもそも戦う必要がありません。将来の人口減少と国力衰退は火を見るより明らかで、単に待てばいい。待っていれば、老人の重みで自ずと脅威ではなくなるでしょう。
米中戦争という悪夢「トゥキディデスの罠」とは何か
【豊島晋作のテレ東ワールドポリティクス】(2022年12月12日)
近年、世界の外交・安全保障関係者の間で話題になっているのが「トゥキディデスの罠」という言葉だ。古代ギリシャの覇権国スパルタとアテネが大戦争に陥った史実をもとに、覇権国と台頭する新興国は戦争に陥るリスクがあることを指す造語で、現代の国際政治では覇権国アメリカと台頭する中国を念頭に語られる。米中が仮に武力衝突すれば世界に与える影響は甚大であり、ウクライナ戦争のそれとは比較にならないと考えられる。そして両国の間に位置する日本は国家的な危機に直面するリスクがある。
米中戦争~統計図
2022年12月31日
「Prinz Putsch(反乱侯子)」と呼ばれるようになったハインリヒ13世
ドイツ国家の転覆を画策、どういう集団なのか
2022年12月12日 カティヤ・アドラー、BBC欧州編集長
真冬の森に囲まれた地面を、雪がうっすらと覆っている。狩猟用別荘のヴァルトマンハイル城が、国家転覆を図ったグループの本部だったとされる、画像
ドイツ東部チューリンゲン州のこれまた東部で、私たちは車を走らせていた。うねり続ける田舎道の急カーブを十数回も曲がると、そこにアルパカが3頭、わびしげに私たちを見つめていた。
3頭の後ろには丘。その上に、私たちはついに目当てのものを見つけた。ネオゴシック様式の狩猟用別荘、石塔がそびえるヴァルドマンスハイル城の姿を。
この城は7日まで、ドイツ連邦議会を占拠して現代ドイツ国家を破壊しようと企む、雑多な集団の本部だった。このグループは現代ドイツの代わりに王制を復古させ、そのトップに「プリンス(侯子)」を据えようとしていた。第1次世界大戦まで数百年にわたりこの地方を治めていた一族の一員のことだ。
この集団は、この国家転覆計画をクリスマスまでに完了させようとしていた。
とんでもない、ほとんど信じられないことのように思えるだろう。
その通りだ。
そして今や当の「プリンス」は逮捕され、クリスマスを留置所で過ごすことになった。
しかし、このクーデター計画をドイツの治安当局は真剣に受け止めていた。そして、国内にとどまらず、オーストリアやイタリアにも及ぶ150カ所を警官3000人が家宅捜索し、25人を逮捕した。ほとんど類を見ないほど大規模な一斉摘発だった。
情報機関関係者によると、捜査が進めば今後数週間や数カ月のうちに逮捕者はさらに増えることになる。そして、国内の連邦議会や州議会の内外でいかに警備体制を強化するかの話題で、ドイツ・メディアは持ちきりだ。
ロイス侯爵家の「ハインリヒ13世」をはじめ、25人が逮捕された(7日、フランクフルト)画像提供,REUTERS画像説明,ロイス侯爵家の「ハインリヒ13世」をはじめ、25人が逮捕された(7日、フランクフルト)
そうやってドイツ・メディアはセンセーショナルに大騒ぎしているのだが、それとは実に対照的に、ハンティング・ロッジ(狩猟用別邸)の敷地にひとけはなく、ひっそりとしていた。施錠された門の外からのぞき込むと、あまりに静かで、不気味でさえあった。敷地内に建つ朽ちたような小屋の壁には、いくつものシカの頭蓋骨が所在なさそうにつるされていた。おそらく敷地内で狩られたのだろう。
マスコミをいぶかしむ近隣の人たちはいやそうに、ロッジの中で明かりがつくのは見たことはあるが、この数カ月というもの人の出入りはほとんど気づかなかったと、私に教えてくれた。来訪者は正面玄関ではなく、脇の裏口を使うのだそうだ。地元の墓地の後ろを通る森の中の裏道を経て、建物に入るのだという。
ヴァルドマンスハイル城を頻繁に訪れる人たちが、なぜ人目を避けていたのか、今ならその理由がわかる。
このグループは2021年11月に、クーデターの計画を始めた。新しいドイツ国家、新しい帝国を待ちわびるメンバーは、誰が新国家のどういう大臣になり、どういう軍隊を作って国家転覆を実現しようかと、そこまで話し合っていた。
「プリンス」と呼ばれてこのグループの中心にいた人物は、世襲貴族の一族ロイス家の末裔(まつえい)だ。オーストリアに邸宅を構える一族の当主、ロイス侯爵ハインリヒ14世はズーム経由で、私の取材に応じてくれた。
「とんでもないことだと、私たちは思っている」と、ハインリヒ14世は言った。
「このつまはじき者は、荒唐無稽な陰謀論と反ユダヤ主義の考えが理由で、何年も前に一族から縁を切られている。私たち家族の代表でも何でもない」
逮捕された「ハインリヒ13世」について、ロイス侯は、「ずっとこうだったわけではない」とも言った。ちなみに、この一族では男子は全員「ハインリヒ」と名付けられる。存命の一族のハインリヒは30人いる。13世は若いころ、「レーシング・ハインリヒ」と呼ばれていた。レーシングカーと美しいモデルが好きだったからだ。
ロイス家は何百年もヴァルドマンスハイル城を所有し続けたが、第2次世界大戦後に東ドイツの共産党政権に接収された。
「レーシング・ハインリヒ」の遠縁にあたるロイス侯によると、ハインリヒ13世は次第に世間を恨むようになった。「不運続きだった」のだと、侯爵は首を振りながら言った。
German police outside a raided property in Germany, 7 December 2022画像提供,GETTY IMAGES 画像説明,国家転覆計画容疑での一斉摘発で25人が逮捕された
逮捕されたハインリヒ13世には、重病の娘がいる。フランクフルトを拠点にした不動産業は、あまり成功していない。そして、一族の所領を取り戻そうと膨大な数の訴訟を起こしてきたものの、そのほとんどで敗訴している。
東独の共産党政権は、ヴァルドマンスハイル城をユースホステルとして使った。ドイツ・メディアに「Prinz Putsch(反乱侯子)」と呼ばれるようになったハインリヒ13世は、ベルリンの壁とソヴィエト連邦が崩壊したのち、1990年代前半に自らヴァルドマンスハイル城を買い戻す羽目になった。
「悪い仲間と付き合うようになった」のだと、ロイス侯は言った。
「今となっては、それは誰が見てもわかる」
ハインリヒ13世が計画した反乱の一味の顔触れは、まるでスパイ・スリラーか、あるいはそのパロディーの登場人物一覧だ。
さまざまな陰謀論を信じる71歳のドイツ貴族。はるかに年下のロシア人の恋人(彼女はロシア政府に、ドイツ国家転覆を支援してもらおうとしていた)。腕利きの料理人。ドイツの精鋭特殊部隊の現役関係者。元警察幹部。ベルリンの裁判官。そして、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の元連邦議会議員。
今もAfDに所属するビルギット・マルザック=ヴィンケマン元議員は、新国家の法相になる予定だった。連邦議会の内部の様子を知る元議員の知識が、武装蜂起の立案に不可欠だった。クリスマス前に予定されていた連邦議会襲撃は、暴力的なものになるはずだった。
グループの通話を傍聴していた捜査員たちは、人が死ぬのは「避けがたい」と一味が話し合うのを聞いていた。マルザック=ヴィンケマン元議員は、神秘主義に情熱をそそいでいたとされており、捜査関係者によると、議会襲決行の日にちを決めるために、占星術のホロスコープ(天体配置図)を参考にしていたという。
連行される逮捕者(7日、カールスルーエ)画像提供,REUTERS 画像説明,連行される逮捕者(7日、カールスルーエ)
しかし、この計画にドイツの治安当局が本気で対応したのは、複数の元軍関係者が集まり、軍事組織を立ち上げようとしていたからだ。捜査当局が「リュディガー・フォン・P」と名前を公表した人物が、この軍部のトップで、連邦議会襲撃の責任者だった。議事堂を襲撃し、議員たちの両手を縛って人質にとり、警察の動きを封じる計画だった。
「リュディガー・フォン・P」は元陸軍中佐で、精鋭空挺(くうてい)部隊の指揮官だった。ドイツ・メディアによると、現役軍人だったころから兵器を集めて隠し持っていたという。
その直属には、現役の特殊部隊将校「アンドレアス・M」と、元陸軍中佐の「マクシミリアン・エデル」がいた。エデル容疑者はソーシャルメディア「テレグラム」で活発に活動しており、最近では友人たちに、クリスマス前に社会が激しく揺れる動乱があると、動画メッセージで警告していた。
そのほかには、解職された元警官で陰謀論者を公言している「ミヒェル・F」や、ネオ・ナチスにつながりのあるサバイバルのエキスパート「ペーター・W」などがいる。「ペーター・W」について捜査当局は、今年4月に家宅捜索した際に自宅に武器や銃弾を発見したことから、捜査線上に浮上したとしている。
7日の一斉摘発では、捜索した50カ所から武器が見つかった。これにはドイツ南部の陸軍兵舎も含まれる。報道によると、ヴァルドマンスハイル城を捜索した警官の1人は近隣住民に、弾薬や爆発物を探しているのだと話したという。
ドイツの軍や治安機関にいったいどれだけ、極端なイデオロギーが浸透しているのか、その実態は把握されていない。これは非常に心配なことだと、極右人種差別や反ユダヤ主義に詳しい研究者のニコラス・ポッター氏は言う。画像説明,極右の軍関係者が大量の武器や銃弾を入手していたことを、ポッター氏は懸念している
ベルリンのアメデオ・アントニオ基金で上級研究員を務めるポッター氏は、ドイツ軍でこのところスキャンダルが相次いでいることを、BBCの取材で指摘した。中でも、精鋭部隊の陸軍特殊戦団(KSK)で、極右思想があまりに蔓延(まんえん)しているという理由で中隊が解体されていることも、ポッター氏は取り上げた。
「とんでもないほど大量の弾薬や武器が基地から消えて、極右の兵士の手に渡っている。(今回のクーデター計画で)明らかになったのは、氷山の一角に過ぎない。実態の規模はもっと大きくて深いのだと思う。これは非常に心配な事態だ。高度に訓練されて、強い目的意識を持った兵士が数人いれば、民主主義にとっては深刻な危機となることを、忘れてはならない」
クーデターを計画したグループの中には、いわゆる「ライヒスビュルガー」と呼ばれる人が大勢いた。その名の通り「帝国の住民」を自認する総数2万1000人超のこの人々は、現代ドイツの連邦共和国を認めていない。そのため、納税を拒否し、ドイツの判事による判決を受け入れず、連邦共和国のナンバープレートも使わない。「ライヒスビュルガー」たちは、第1次世界大戦の敗戦をもってドイツ帝国が崩壊して以来、正統で合法的なドイツ国家は存在しなくなったと考えている。
2016年にそうした「ライヒスビュルガー」の自宅を警察が強襲し、違法に所持する銃器を押収しようとした際には、家の所有者が応戦し、警官1人を殺害している。情報機関の関係者は私たちの取材に対して、近年「ライヒスビュルガー」は過激性を増していると話した。ただし、実際に暴力行為に自ら及ぶ用意のある「ライヒスビュルガー」は、ごく少数だとみられている。
今年の夏、ハインリヒ13世は、連邦共和国発行の身分証を持つ者はれっきとしたドイツ人ではないという内容のチラシを用意し、保養地バート・ドビンゲン一帯の民家の郵便箱に投函して回った。侯子のヴァルドマンスハイル城は、このバート・ドビンゲンにある。
The entrance sign of bad Lobenstein, where the Jagdschloss Waidmannsheil hunting lodge is located, on December 8, 2022 near Bad Lobenstein, Germany
画像提供,GETTY IMAGES 画像説明,ドイツ東部バート・ドビンゲン「頭がおかしいんだと思った」。年金暮らしのイザベルさんはこう言ってから、古い石畳の町の中心部でATMに入っていった。
「帝国のパスポートや運転免許証を申請できるとかいうウエブサイトのリンクが、チラシに書いてあった。今のドイツの国旗ではなくて、赤と黒と白の古い帝国の旗がついた免許証。それから、ここでミニ王国を作るための選挙に参加しませんかという呼びかけもあった。そのミニ王国とやらのトップに、本人がなるつもりだったんでしょう。私はすぐにくしゃっとチラシを丸めて、ごみ箱に捨てました」
しかし、私たちがバート・ドビンゲンで会ったすべての人が、このイザベルさんほどきっぱり否定的だったわけではない。
ごみ回収業のセバスティアンさんは、家族や友人の中にはハインリヒ13世に同情的な人もいると話した。
「こんなことは言いたくないが、残念ながらそうなんです。この国の現状に不満を抱く人は大勢いる。ドイツ政府に不信感を抱いていて、今とは違うドイツになってもらいたいと思っている」
ベルリンにある非営利団体「監視・分析・戦略センター(CEMAS)」の偽情報研究者、ヨゼフ・ホルンブルガー氏によると、実に20%ものドイツ人が陰謀論を信じがちだという調査結果がある。そうした陰謀論の中には、オンラインで拡散されるロシアのプロパガンダも含まれる。
今のドイツ人は特に陰謀論に取り込まれやすくなっていると、ホルンブルガー氏は言う。新型コロナウイルスのパンデミックを経た今、経済が下落を続け、ウクライナでの戦争の影響でエネルギー価格に対する懸念が高まっている状態なだけに。現状は政府当局のせいだと、大勢が思っているのだという。
ハインリヒ13世のヴァルドマンスハイル城があるドイツ東部チューリンゲン州の情報機関トップ、ステファン・クラマー氏は、ドイツだけでなく欧州の大部分にとって、パンデミックが分岐点だったと話す。過激派勢力とはこういう危機の時代に乗じて、自分たちのいいように現状を利用しようと乗り込んでくるものだと語った。
Stephen J Kramer画像説明,ステファン・クラマー氏は、パンデミックが分岐点だったと話す
「ドイツの新しい右派やネオナチは、ふだんなら絶対にライヒスビュルガーに近づいたりしない。ライヒスビュルガーは頭がおかしい、あるいはエキセントリックな連中だとみられがちだったので。しかし今のこの国では、実に大勢がコロナ対策のロックダウンに反対しているため、手を組むのが得策だと判断したようだ」と、クラマー氏はBBCに話した。
「ドイツ連邦共和国を倒すという共通の目的があるので、彼らは今や協力しあっている。一方(ライヒスビュルガー)はそもそも連邦共和国など本当は存在しないと言う。もう一方(ナショナリストな極右)は、連邦は存在するが、それを滅ぼして代わりに新しい(独裁)政権を作りたいと言う。双方は思想的な結びつきはないが、この共通の目的でつながっている。一緒になってデモに参加して、新しいメンバーを勧誘している」
こうしたデモの一つがパンデミックの最中にベルリンで行われ、約4万人が参加した。そしてその渦中で、デモに加わっていた少数のグループが、連邦議会襲撃のまねをしてみせたのだ。動画説明,カルトはなぜ危険なのか、なぜ人はカルトに入るのか 心理的トリックを知る重要性
これはその5カ月後に米ワシントンでドナルド・トランプ前大統領の支持者と陰謀論者が起こした、連邦議会襲撃事件の前触れでもあった。トランプ氏はかつてベルリンでのデモについて、自分はデモ参加者の間で人気だったようだと言及したことがある。
確かにその通りだ。ドイツ連邦政府に抗議していた人の多くは、トランプ氏や、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領を支持していた。彼らにしてみればトランプ氏やプーチン氏は、「より良い」、そして「より白い」、より保守的でキリスト教的な社会の強力な守護者ということになる。
アメリカで生まれ、そしてトランプ氏を称揚する陰謀論「Qアノン」の支持者が最も多いのは、英語圏以外ではドイツだ。Qアノン信奉者は世界的な権力者の闇のネットワーク「ディープステート」の存在を主張し、その「ディープステート」を憎悪する。世界を支配しているのは、権力志向で腐敗した、幼い子供を虐待しては殺しまくるエリートたちだと、Qアノン信奉者は言い張る。そういうQアノン信奉者の敵は、リベラルで、グローバルで、そして多くの場合はユダヤ人だ。動画説明,陰謀論を広める「Qアノン」とは何か? 止める方法は?
ドイツのQアノン信奉者は、声高なワクチン否定派やネオナチやライヒスビュルガーと手を組み、2020年8月末にベルリンのドイツ連邦議会議事堂に向かった。彼らが中に押し入る前に、警察が制止したものの、ドイツの反主流派勢力にとっては象徴的な大成功だと受け止められた。
黒・赤・白の帝国旗に身を包んだ抗議者の映像が、世界中で放送されたからなおさらだった。ここドイツでは、ナチスのカギ十字は完全に違法で使うことができない。そのためネオナチが特に好んで使うのが、この帝国旗なのだ。Protesters outside the Reichstag in August 2020画像提供,GETTY IMAGES画像説明,ドイツ連邦議会を襲撃しようとしたデモ隊(2020年8月、ベルリン)
一方で、今後のドイツの治安体制をどう改善するかと言うと、この記事のため取材した実に大勢が、日常的に殺害予告を受けていることを知って、私は驚いてしまった。その多くが、いわゆるドイツの主流派のために働いているとみなされる人たちだ。
たとえば前出のホルンブルガー氏は安全対策として、CEMASのオフィスではない場所で取材を受けたいと希望した。チューリンゲン州の情報機関幹部のクラマー氏は、自分が常に標的にされていることを自覚している。
ドイツの極右をウォッチする前出のポッター氏と同僚の研究者たちは、しばしば脅迫を受ける。反ファシズム運動を展開する左翼党選出のマルティナ・レナー連邦議会議員も同様だ。
私たちの取材にレナー議員は、ドイツでは過激な陰謀論や新しい極右運動が台頭するだけでなく、それに伴う実際の暴力行為や攻撃が増加していると、懸念を示した。殺人事件も起きている。
ネオナチから反ファシスト活動家に転じたインゴ・ハッセルバッハ氏に会いたいと持ちかけると、「表では」会えないと言われた。
「よそ者」に対する治安対策をどれだけ強化したところで、最近では、脅威というのは国内からやってくるものでもある。
情報機関幹部のクラマー氏は、これこそ近年で最も懸念される変化の一つだという。
「最近の過激主義者は、表でパッと見てすぐそれと分かる格好をしていない。ネオナチでもスキンヘッドではないし、むしろピンストライプのスーツを着ていたりする。あるいは、コーデュロイのボトムをはいた中年男性だったりする。極右過激派とは一見思わないような見た目をしている。過激アナキストに見えない極左どころの話ではない。
この国の政府転覆を図る人間の数と、その生き方は、社会の中心にがんのように広まっている。まだ少数派だが、一部はこの国の主流派の間でも増えつつある」
今週のドイツでは、クラマー氏も、あらゆる治安当局関係者も口をそろえて強調する。クーデターを計画したグループが逮捕され、捜査が続いているといっても、ドイツ政府や連邦議会の存続そのものが本格的に危険にさらされていたわけではないと。ただし、暴力事件が実際に起きる危険は本物だった。「私は……最悪に備えて、最善を期待するようにしている」と、苦々しい表情でクラマー氏は言った。ドイツについてこの国の外で思われているイメージと、私が受ける印象は大きく異なる。外国にいる人たちはドイツを、ルールを守りハイテクで地味でリスクを嫌い中庸で安全で中道的な社会だと思っているかもしれない。だが、もしかするとそれは、アンゲラ・メルケル前首相が体現したステレオタイプなのかもしれない。
そのステレオタイプのせいで、ドイツで起きる極右や極左の攻撃は、「単独犯」の犯行だと軽視されすぎてきたと、前出のポッター氏は言う。たとえば2019年に起きた保守派政治家、ヴァルター・リュブケ氏の暗殺がそのひとつだ。リュブケ氏は難民や移民の権利を声高に擁護していた。そして彼を殺害した男は、極右「ドイツ国家民主党(NPD)」やイギリスの極右団体「コンバット18」とつながりがあった。「もちろん、公共交通機関がきちんと動くとか、効率的だとかとか、ドイツ社会のそういう部分に注目したってかまわないが、この(組織的暴力も)現代ドイツにおける現実の一部だ。これまで十分真剣に検討されていたとは言いがたい。それがこの、ライヒスビュルガーのネットワークによって、可視化された」のだと、ポッター氏は強調する。(英語記事 Germany coup plot: The extremists who tried to topple the state)
【国家転覆】ドイツで陰謀論が台頭?貴族も参加?
https://youtu.be/S18EE9EDAjk